河原昌一郎
2018年3月16日、米国のトランプ大統領は米国と台湾の閣僚・政府高官の相互訪問の促進を目的とした台湾旅行法案に署名し、同法が成立した。同法案に関して、中国メディアは、もしトランプ大統領が同法案に署名すれば台湾をめぐる戦争に発展する可能性がある(2018年3月2日チャイナ・デイリー)と警告していたが、そうしたことは起こらなかった。同法は、全てのレベルの米政府関係者が台湾に渡航して台湾の同レベルの政府関係者と会談することを認め、同時に、台湾政府関係者が米国に渡航して同じく米政府関係者と会談することを認めている。1979年の米台断交以降、米国は米台高官が直接会うことを制限してきた。ところが、同法では、国務省、国防省の長官・高官だけでなく、米台首脳会談も法的には可能とされ、まさに画期的なものとなっている。
この台湾旅行法に限らず、最近になって、米台間の関係強化が急速に進んでいる。
たとえば、2017年6月に、中国が反対する中、トランプ政権は約14億ドル相当の武器を台湾に売却することを表明した。売却の対象は、スタンドオフ・ミサイル(AGM154)、重量魚雷(MK48・6AT)、スタンダード・ミサイル(SM-2)、早期警戒レーダーシステムの技術サポート等である。これは2015年12月にオバマ政権下で公表された約18億ドルの武器売却に続くものであり、このときにはフリゲート艦2隻、対戦車ミサイル、水陸両用強襲車両等が売却された。
また、2017年7月には、米軍艦の台湾への寄港の許可等を盛り込んだ2018会計年度(2017年10月~18年9月)国防権限法案が米国の上下両院で可決され、成立した。これも1979年の米台断交以来のことであり、中国はこれに対して、「米国は歴史を逆走すべきでない」と強く批判した(2017年7月18日Record China)。
さらに、2018年4月、台湾政府は、トランプ政権が台湾の潜水艦自主建造計画に協力し、潜水艦建造関連技術を有する米国の軍事関連企業に対して技術協力を進めるための商談を解禁したことを公表した。台湾は、台湾海峡を守る切り札として潜水艦の自主建造計画を進め、国産潜水艦を10年以内に就役させることをめざしており、米国企業との今後の商談等に対する期待は大きい。
ところで、こうした米台関係強化の動きに対して、中国は一貫して「一つの中国」の原則に反するものとして強く反発し、ときには武力行使もあり得るとの強い姿勢を見せているが、米国はこれに対して、これらの措置は米国の「一つの中国政策(一中政策)」に合致しており、これまでの一中政策を変えるものではないとの立場を堅持している。それでは、米国の一中政策とはどのような性格を有したものだろうか。
まず、中国の言う「一つの中国」とは、まさに、両岸はまだ統合されていない状態にあるものの、台湾は中国の不可分の一部であり、いずれ統合されるべきものというものである。これに対して米国の一中政策は、両岸が一つであると中国が考えていることは認識しているものの、統合は両岸の平和的な話合いによることが前提であり、平和的手段以外による統合は許容しないというものである。したがって、米国の一中政策にあっては、両岸の平和的状態を維持するため、両岸のパワー・バランスを図り、一方の他方への侵攻や、一方的な現状変更行為を抑止することが最も重要な課題となる。
この米国の一中政策は、周知のとおり、三つの米中共同コミュニケ(上海コミュニケ〔1972年〕、国交樹立コミュニケ〔1978年〕、武器売却問題コミュニケ〔1982年〕)と台湾関係法〔1979年〕とで構成されている。
1972年の米中和解時もそうであったが、1978年の米中国交正常化交渉で最後まで決着しなかったのは、中国の台湾への武力行使放棄の問題と米国による台湾への武器売却問題であった。米国は台湾からの兵力撤退に際して、中国に武力行使の放棄を強く求めた。しかしながら、中国がこれに応じなかったため、米国は台湾の安全保障上の観点から、台湾への武器売却を継続することとしたのである。国交樹立コミュニケや武器売却問題コミュニケで、台湾問題の平和的解決についての米国の関心が繰り返し示されるのはこのためである。なお、1982年の武器売却問題コミュニケでは、米国は武器売却を抑制的なものとし、長期的政策とするつもりはないことが規定されているが、これも中国が現実的に平和的手段で台湾問題の解決に取り組むことを前提としたものである。
さて、上述からも明らかなとおり、これら三つの米中共同コミュニケでは、米国が台湾の安全保障のためにとり得る措置は武器売却だけとなっている。実際、当時の米国政府は、中国の軍事力の状況、国際情勢等から中国が台湾に武力を行使することはほとんど考えられず、武器売却による対応で十分と考えていた。しかし、こうした米国政府の考え方や対応に強い不満を示したのが米議会である。米議会は、政府と異なり、中国の国家的性格を深刻にとらえ、中国は現状では武力行使の可能性は乏しくても将来的には台湾に経済的圧力をかけ、さらには武力を行使するだろうからそうした事態に備えておく必要があると考えた。そうした考え方に基づき米議会が成立させたのが現在の台湾関係法である。
現在、この台湾関係法が改めてクローズアップされるようになった。同法では、台湾問題についての平和的解決への期待が表明され、中国による非平和的手段の行使は西太平洋の平和と安全に対する脅威であり、米国の重大関心事と見なされている。また、防御的兵器の台湾への売却が明記され、さらに、台湾人民に対する何らかの脅威があると見られるときは、大統領は議会に通報して「適切な行動」をとることとされている。この「適切な行動」に、武力行使は排除されておらず、米国は同法を根拠にして台湾有事の際に武力介入を行うことができるものと理解されている。
したがって、台湾関係法の本質的な目的は、台湾問題が平和的に解決されない場合の台湾防衛であり、そのために必要な措置をとることである。上述した米台関係強化の措置について、米国がこれまでの一中政策を変えるものでないと主張するのは、もとよりこうした台湾関係法の規定を踏まえたものである。これに対して、中国は、米国の行為は三つの米中共同コミュニケに違反していると非難するが、中国が台湾に対する各種の圧力を増大させている現状に鑑みれば、そうした非難は必ずしも正しいものとは言えない。
中国は、蔡英文政権の台湾に対して、あらゆる手段を通じて圧力を強めている。2016年6月に中国は中台の政治・経済の連絡・交流窓口の停止を一方的に表明した。国際会議への台湾の出席については、その阻止を図り、これによって台湾はFAO、ICAO、WHA等、従来はオブザーバー等で参加していた会議に参加できなかった。また、台湾と国交がある国への切り崩しが行われ、台湾は2016年12月にサントメ・プリンシペ、2017年6月にパナマ、2018年5月にはドミニカおよびブルキナファソと断交に追い込まれた。安全保障に関係する問題としては、中国による台湾海峡の航空路の一方的供用開始を挙げることができよう。2018年1月、中国は、台湾海峡の航空路の供用については台湾と事前協議を行うというこれまでの合意を無視し、台湾海峡の航空路(M503)の北方向への供用を一方的に開始した。また、中国は最近になって、パワー・バランスが中国に有利になったことを背景に、戦闘機や軍艦を台湾周辺の空海域に頻繁に出現させ、台湾を威嚇している。中国の台湾への侵攻準備は、2020年までに終わるとの見方もあり、台湾海峡の緊張はますます高まりつつある。
こうした中で、台湾関係法を有する米国が、台湾との関係を強化し、台湾の防衛力向上を図ることは当然のことであろう。また、台湾は、米中国交正常化期とは位置付けを大きく異にし、中国が国力増強とともに東アジア全体に対しての脅威となる中で、米国にとっての戦略的重要性を増している。台湾防衛は、単に台湾を守るというだけでなく、東アジアの現在の国際秩序を維持するためにも欠かせない。こうした情勢の中で、今後の米国の一中政策の要として、これまであまり顧みられてこなかった台湾関係法の有用性、必要性はますます高まるであろう。
発表時期:2018年8月
学会誌番号:45号