河原論説

米国の政府高官4演説に見る中国の脅威

河原昌一郎

 安全保障の要諦が自国にとっての脅威の内容を正しく認識し、それに適切に対応することにあることは異論のないところであろう。自国の前に立ち現れてきた脅威の内容を正確に見極められず、適切な対応もなされなければ、その国家は遅かれ早かれ重大な存亡の危機に立たされることとなる。

 一方で、国家として脅威に立ち向かうためには政府だけの力では限界があり、国民の支持と協力が不可欠である。このため、政府は国民に向けて自国が直面している脅威の内容を明確に説明し、脅威に関する国民意識を高め、脅威認識を政府と国民が共有するようにしなければならない。とりわけ、脅威の内容が伝統的なものとは異なる新たな性格を有するものであるときは、単に某国の脅威が増しているというだけでなく、脅威の具体的な内容について、より一層の丁寧さが求められよう。

 2020年6月末から7月にかけて行われた中国の脅威に関する米国の政府高官4演説は、こうした観点から、米国民さらには世界に向けて中国の脅威の内容とその深刻さを訴え、その脅威に共に立ち向かうことを求めるものであった。

 この米国の政府高官4演説のそれぞれの演説者、日時、場所、題名とその主要内容を整理すれば次のとおりである。

①ロバート・オブライエン国家安全保障問題担当大統領補佐官、6月24日、アリゾナ州フェニックス経済会合、「中国共産党のイデオロギーと世界的野心」

主要内容:中国は米国民と米政府を操作しようとし、米国の経済に打撃を与え、主権の侵害を図っている。同盟・パートナー諸国と手を携え、中国に対抗する。人民解放軍の関係企業のリストを作成する。

②クリストファー・レイFBI長官、7月7日、ワシントンDC,ハドソン研究所、「中国政府・中国共産党が米国経済および安全保障に及ぼす脅威」

主要内容:米国の情報・知的財産権と経済活動・安全保障に対する長期的で最大の脅威は、中共のスパイ活動である。中共の脅威を理解し、対抗するために次の3つのことを知るべき。1つは、中共は国力を総動員して世界で唯一の超大国になろうとしており、米国の重視する思想、言論、創造の自由に危機をもたらすであろうこと、2つ目は、中共の戦術が多様かつ多面的でサイバー攻撃から組織腐敗にいたるまであらゆる手法を駆使していること、3つ目は中共の国家システムが米国のシステムと根本的に異なり、閉鎖的システムの下で開放的環境を利用していること。

③ウイリアム・バー司法長官、7月16日、ミシガン州グランドラピッズ・フォード大統領記念図書館、「中国共産党の世界的野望に立ち向かう米国の対応」

主要内容:中共は法の支配に基づいた国際的システムを崩し、独裁者にとって安全な世界をつくろうとしている。中共の経済活動の目的は貿易ではなく、襲撃であり、米国企業に取って代わることである。中共は自国民だけでなく諸外国にもイデオロギーを強制しており、映画界、デジタル企業等がすでに中共の言いなりになっている。また、米国企業が中共のためのロビイストに使われていることがある。自由で繁栄した世界を守るため、自由な世界は公共部門と民間部門とが協力して中共の支配を防ぐことが必要である。

④マイケル・ポンペオ国務長官、7月23日、カルフォルニア州ヨルバ・リンダ、ニクソン大統領記念図書館、「共産主義中国と自由世界の将来」

主要内容:過去の中共への関与政策は失敗した。もはやそうした政策は継続しない。中共は米国の貴重な知的財産を盗んだ。米国からサプライチェーンを吸い取り、生産活動に奴隷労働の要素を加えた。世界の主要航路は国際通商にとって安全でなくなった。習近平総書記は、破綻した全体主義のイデオロギーの真の信奉者だ。中国の共産主義による世界覇権への長年の野望を特徴付けているのはこのイデオロギーだ。我々は、両国間の根本的な政治的、イデオロギーの違いをもはや無視しない。レーガン元大統領は「信頼せよ、しかし確かめよ」(trust but verify)の原則にそってソ連に対処した。中共に関していうなら「信頼するな、そして確かめよ」(Distrust and verify)だ。中国を他国と同じような普通の国として扱うことはできない。中国との貿易は、法に従う普通の国との貿易とは違う。中国政府は、国際合意を世界支配へのルートとみなしている。自由主義諸国が行動するときだ。いま行動しなければ、中国共産党はいずれ我々の自由を侵食し、自由な社会が築いてきた規則に基づく秩序を転覆させる。1国でこの難題に取り組むことはできない。志を同じくする国々の新たな集団、民主主義諸国の新たな同盟を構築するときだ。自由世界が共産主義の中国を変えなければ、中国が我々を変える。

 政府高官4演説の概要は以上のとおりであるが、いずれも中共の脅威の本質を鋭く抉り、とりわけポンペオ国務長官演説は今後の米国の方針を明示した歴史的演説というべきものである。ただし、これらから、中共の脅威の全体像を鮮明にイメージすることは必ずしも容易ではないだろう。他国への侵略には、武力を用いて直接的な侵略を行う直接侵略と、武力は用いず相手国民の心的操作等を通じて相手国を屈服させ侵略する間接侵略とがあるが、中共が実施しているのは言うまでもなくこの間接侵略である。間接侵略は直接侵略とは異なり、同じく悪意をもった侵略であっても明確に侵略とわかる行為がないため、侵略を受けている側が侵略されていることに気づきにくい。中共の脅威をイメージとしてとらえにくいのはこのためである。

 中共は、これまで長期にわたり、他国への間接侵略を図るために、「三戦」または「超限戦」と言われる作戦を軍が中心となって組織的に実行してきた。「三戦」とは世論戦、心理戦、法律戦のことであり、宣伝活動や訴訟活動を通じて相手国の安全保障体制を混乱させようとするものであり、「超限戦」とは手段にとらわれず相手国の経済力の縮小、技術力の低下、研究開発の停滞、国民の戦意の喪失等を図り、あらゆるものを利用して相手国を弱体化、屈服させようとするものである。そして、現実に、この間接侵略が大きな効果を収め、いまや自由主義国の盟主たる米国の自由主義システムをも脅かすようになったのである。

 中共の脅威をあえてイメージ化するならば、無数の触手を持ったタコのような寄生動物をイメージできるだろう。この寄生動物は、無数の触手を多くの宿主(国)に伸ばし、からめつけて宿主から栄養を吸い取ることによって肥え太る。なお、この寄生動物は独自の行動理念を持たず、ただ触手を伸ばして肥え太ることだけを目的としている。触手でからめつけられた宿主は徐々に体力(国力)が衰え、逆にこの寄生動物に支配されるようになり、最後は宿主の遺骸(国家滅亡)だけが残るのである。

 そして、この触手を伸ばすための主要な媒介行為が貿易・投資をはじめとする経済活動であった。バー司法長官が指摘したとおり、中共の経済活動の目的は貿易ではなく襲撃なのであり、相手企業を奪い取ることなのである。

 中共の脅威に対抗するためには、各国に伸び、からみついたこの触手を切断していかなければならない。ところが、中共の触手は基本的に全ての国に伸びているため、一国だけが切断しても効果は少ない。ただ、残された時間は少ない。ポンペオ国務長官が呼び掛けたように、今こそ自由主義国が一致して立ち上がるべきときである。そして、地政学的にも要の位置にある日本はその先導的役割を果たさねばならない。自由世界が共産主義の中国を変えなければ、中国が我々を変えるのである。


発表時期:2020年11月
学会誌番号:54号

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