河原論説

中共政府の本質と米国の対中外交

河原昌一郎

 トランプ米大統領は、2020年5月14日、FOXビジネス・ネットワークのインタビューで、中国との通商協定の再交渉には関心がなく、中国との関係を完全に断ち切ることもできるとして、断交の可能性を示唆した。新型コロナウイルスをめぐる中国の対応には心底失望したという。

 このトランプ大統領の発言について、一部のマスコミは例によって、両国の経済的関係等を無視したトランプの妄言として片付けようとしているが、仮にも一国の大統領が外国との断交を口にする限り、相応の根拠を有し、十分な決意と確信に基づいたものでないはずがない。現に、当の中国共産党(以下「中共」)政府はこのトランプ発言の深刻性を理解して直ちに反応し、いつものように批判して強硬姿勢をとるのではなく、両国には歩み寄りが必要だとして妥協的姿勢を示している。

 実際、今回の新型コロナウイルスをめぐる対応ほど、中共政府の本質を余すことなく世界に示すこととなった事件はないだろう。ここでは、米国の対中評価にも影響を与えることとなったと考えられる中共政府の本質について、次の2点を指摘しておこう。

 第1点は、中共政府の行為は隠蔽、欺瞞を本質としていることである。中共政府は、自己に都合の悪い事実は隠蔽し、自国民を含めて、内外に徹底した欺瞞工作を行う。たとえば、今回、中共政府は、武漢ウイルス研究所で生じた事実をはじめ、武漢で起こったことをことごとく隠蔽し、中国での感染状況等についてはありもしない虚偽数値を公表して全世界を欺瞞している。こうした隠蔽、欺瞞が可能なのは、言うまでもなく、中共政府が国民に説明責任のない独裁政府であることによる。中共政府の捏造や悪徳行為が中国国内で批判にさらされることは全くない。過去を振り返れば、中共政府の歴史はまさに隠蔽と欺瞞の歴史である。そもそも、中共政府は、自己の政権獲得の正統性を抗日戦争で主導的役割を果たしたことだとしているが、これが全くの隠蔽、欺瞞であることを知らない人はないであろう。

 第2点は、中共政府の他者との交際は、常に、当該他者を自己に都合よく利用し、さらに支配することを本質的目的としていることである。中共政府は他者との共存共栄を望んでいないし、もともと考えてもいない。中共政府の他者との関係は強弱関係がすべてであり、相手が自分より強ければ卑屈にすり寄り、弱ければ露骨に支配しようとする。今回も、中共政府が自己の有利な立場や地位を利用して他国に強要し、または利用しようとする事例が少なからず見られた。たとえば、新型コロナウイルスの起源について独立調査を求める豪州政府に対して、中共政府は豪州からの畜産物輸入を事実上停止するとして脅迫している。また、複数の政府に対して中共政府の新型コロナウイルス対策を称賛するよう求めたりしている。中共政府の外交に誠意が全く見られないのは、相手国との合意を尊重して共存共栄を願うのではなく、ただ相手国を利用することだけを事とし、いずれ彼我の関係が変化して自己が有利になれば相手国を強要、支配してやろうと心密かに念じているためである。そして、他へのこの支配欲は、中共政府の強大化とともに、今や世界征服をも視野に入れるようになった。この中共政府の飽くなき支配欲は、中国社会の性格と独裁政府の宿痾との両面に由来するものと考えられる。

 中共政府は、過去、上記2点の本質をうまく覆い隠しながら、または適当にごまかしながら、自己の国際的影響力の拡大を図るため、世界的規模で隠蔽、欺瞞を基礎とした宣伝、浸透活動を行ってきた。ところが、今回、はからずもこの中共政府の特異性が氷山の一角ではあるが米国をはじめ世界の人々の眼にさらされることとなったのである。

 たとえば、中共政府とWHO事務局との癒着である。WHOテドロス事務局長の中国に対する支持発言と賛辞は異常としか思えないものであり、中共政府に買収されているのではないかとの疑いを抱かせるに十分なものであった。中共政府の国際機関への浸透は、WHOに限らず密かに広く行われているものと考えられ、人々に懸念を抱かせることとなった。

 また、自己の正当化を図るため、巷間口にされているとおり、放火犯が消防署長を演じようとしたことである。米国等は、今回の新型コロナウイルスの感染拡大は初期に適切な対応をしなかった中共政府に責任があるものと考えている。いわば中共政府は放火犯であるが、これが新型ウイルス封じ込めの成功国として封じ込め対策のリーダーとしての役割、すなわち消防署長の役割を演じようとしたのである。中共政府は、新型コロナウイルスの感染拡大に苦しんでいる国に、マスクや検査器材の送付等の恩着せがましい支援、援助を行ったが、送付したマスクや検査器材に不良品が多かったこともあって、逆に多くの国の反発や反感を買うこととなった。中共政府が、こうした相手の弱みを見た卑劣で不道徳としか思えない行為を平気で行うことも多くの人々を驚かせた。

 放火犯が消防署長を演じるのと同様、主客を転倒させて自身が優位に立つため、加害者が被害者を演じるのも中共政府の常套手段であるが、今回はこの方法が米国を激怒させることとなった。2020年3月中旬、中国外務省報道官が新型コロナウイルスは米軍が武漢に持ち込んだものとツイッターで主張した。すなわち、加害者は米軍であり、中国はその被害者だというのである。さすがにこの主張は直ちに米側の強い反発を招き、トランプ大統領は新型コロナウイルスを中国ウイルスと呼んで中国を非難した。新型ウイルスが中国武漢を起源とすることは誰の目にも明らかであり、国際社会も驚きとともに批判的な目で中国を見るようになった。国際情勢は自己に不利と見たのか中国はこの主張を事実上取り下げ、それ以後は主張しなくなったが、米国に中国への強い不信感を植え付けるに十分であった。

 こうした新型コロナウイルスをめぐる対応を通じて中共政府の本質と国際社会でのその異質性があらためて明らかになる中で、米国ホワイトハウスは2020年5月20日、「中華人民共和国に対する米国の対応」と題する文書を公表した。同文書では、中共政府は経済、価値および安全保障の3点で米国の脅威を構成するようになっていると指摘した上で、これまで行ってきた中国への関与政策は取りやめ、中共政府とは競争的関係に立つとの認識のもとで中共政府の脅威に現実的に対応していくとしている。同文書は、米国が過去数十年間行ってきた中国への関与政策の転換を明記するとともに、今後、中共政府に対しては妥協することなく強い態度で臨むことを明言した画期的なものとなっている。

 冒頭に述べたトランプ大統領の中国との断交もあり得るとの発言が、同文書と同じ文脈にあることは明らかであろう。米国と中共政府とは国家体制、国際社会、価値観に関する考え方において相互に相容れない妥協不可能な相違があり、しかも中共政府の本質は双方の共存共栄を許さない。隠蔽、欺瞞をもとに相手方を利用し、または支配しようとする中共政府の本質が変わらない限り、中共政府が強大化すればいずれ米国は中共政府との断交に追い込まれよう。米国としては中共政府が十分に強大化する前に中共政府を解体して危機を未然に防がなければならない。トランプ大統領の発言はもとよりそうした事態も認識した上でのものと考えるべきである。

 そして、米国が危機を感じるときは、言うまでもなく、日本には重大な危機が迫っているときである。日本と中共政府との将来的な共存共栄はあり得ない。中共政府の力が強まれば、いずれ中共政府は日本に侵攻し、または日本を支配しようとするであろう。その場合は日本と中共政府との断交は必至となる。

 米国政府は中共政府の本質を認識してそれに対応した外交を行おうとしている。日本も同様の認識のもとに中共政府との断交も視野に入れつつ、中共政府の本質を踏まえた外交政策の再構築が強く求められている。


発表時期:2020年8月
学会誌番号:53号

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