河原論説

「米中貿易戦争」の本質

河原昌一郎

 2018年3月23日、米国は通商拡大法232条に基づき、鉄鋼とアルミニウムの輸入制限措置を発動した。これに対して中国は、同4月2日に米国から輸入する農産物を中心とした128品目に15パーセントまたは25パーセントの関税をかける対抗措置を講じた。また、同4月3日、米国は、通商法301条の規定に基づき、中国が米国の知的財産権の侵害等を行っていることを理由として、中国から輸入する約1300品目(輸入額500億ドル相当分)に25パーセントの関税をかける予定を公表した。これに対しても中国はただちに、翌4日、米国から輸入する106品目(同じく500億ドル相当分)の輸入制限予定措置を公表してこれに対抗した。

 この通商法301条に基づく措置は、すでに第1弾(340億ドル相当分)として同7月6日に、第2弾(160億ドル相当分)として同8月23日に実施され、中国もそれぞれに対応した措置を講じて対抗している。米国は、中国が対抗措置を講じて要求に応じようとしないことから、さらなる追加措置を講じることとし、中国もこれに応じて対抗する構えである。

 報道されているこうした記事からは、いわゆる「米中貿易戦争」は、米国が自国産業保護のために先に輸入制限措置を講じ、これに対して中国が報復措置で応じているかのように見える。すなわち、米国の保護主義的貿易制限措置に対して、現行の自由貿易を維持したい中国が対抗措置を講じているという構図であり、これでは加害者が米国で被害者が中国ということになりそうである。しかしながら、問題の本質は決してそういうことではない。

 米国による鉄鋼とアルミニウムの輸入制限措置は、もともと、中国の不適切な過剰生産・価格下落が原因である。中国は、国内で余剰となった鉄鋼、アルミニウムを大量に米国に輸出し、米国の国内産業に大きな打撃を与えた。この間、中国人民元の為替レートは中国政府の行う為替管理の下でほとんど変わらず、また中国の国有企業は政府から支援を受けて操業を続けている。すなわち、加害者は明らかに中国であり、被害者は米国であって、米国は中国の是正措置を促すためにも、こうした貿易制限措置をとる必要に迫られたのである。

 米国に通商法301条に基づく措置をとらせることとなった中国政府による米国企業の知的財産権侵害の問題は、鉄鋼、アルミニウムの問題とは異なった意味で、はるかに深刻な問題を含んだものであり、米国としては国家安全保障上の観点からもこれ以上の放置は許されないものであった。

 通商法301条の規定に基づく調査で、米国政府は、中国政府が不当・不法に米国企業の知的財産権を侵害している事実を認定したが、これらの中国政府の行為は次の四つに分類される。

①技術移転の強要:米国企業の操業・営業に関して不透明で不公正な手段を用いて妨害、干渉し、技術移転の圧力をかける。

②中国企業へのライセンスの強要:各種の技術規制等を用い、米国企業に中国事業者に対して技術をライセンスするよう強いる。

③中国企業による米国企業への出資、買収の指示、誘導:中国企業に、重要技術を有する米国企業に対して出資、買収を行うよう指示し、そのための便宜を与える。

④インターネットを通じた米国企業の情報、技術の窃取:インターネットを通じて米国企業に侵入して情報、技術を窃取し、またはそうした行為を支援する。

こうした行為を中国は国家の政策として大規模かつ全国的に行っているのであり、このことによって受けた米国企業さらには米国以外の外資企業の被害には計り知れないものがあろう。知的財産権の侵害という観点から見れば、中国はまさに「盗賊国家」というべきものであり、その最大の被害者が各種分野で最先端の技術を有する米国である。

 トランプ政権がこの問題で中国に対してこれまでにない強硬な態度に出ているのは、中国政府が2015年に公表した「中国製造2025」がその背景の一つとなっているためだと言われる。「中国製造2025」では、中国は2025年までに世界の技術強国となることをめざしており、そのために米国企業に対する知的財産権侵害をより強力かつ組織的に行うようになっているというものである。

 いずれにしても、これまでのように米国から中国に技術の流出が続けば世界における米国の技術的優位が失われる可能性がある。このことは安全保障面での米国の優位性をも脅かすこととなろう。しかも、こうした知的財産権の侵害が、前述したとおり、中国の一企業によってではなく独裁政権の下にある国家の政策として行われているのであり、事態は深刻である。

 ところで、従前から、中国政府が行う貿易関連の不正・不当行為は、日米政府をはじめとして各国政府の問題視するところであった。中国国内では、外資企業に対する知的財産権侵害をはじめ、国有企業への各種支援・補助金供与、低賃金等の劣悪条件下での工場労働、地方政府による法令実施の不透明性、産業活動による環境破壊等が行われており、これらはいずれも生産物の価格・品質に影響を与え、公正な貿易の発展に障害をもたらすものである。

 オバマ政権時に米国主導で進められてきたTPP構想は、中国のこうした問題を念頭におき、新たな自由貿易の枠組を作って緩やかに中国を包囲し、中国に対抗しようとするものであった。すなわち、知的財産権の侵害がなく、労働基準が守られる等の要件を満たし、「公正」に生産されたTPP加盟国の生産物はゼロ関税、手続き簡素化等の優遇措置が得られるが、非加盟国の生産物はそうした優遇措置が得られず、貿易上の不利益措置を被るというものである。

 ところが、トランプ政権はこのTPPへの加盟を拒否した。その理由は明確にされているわけではないが、やはりTPPによる中国への影響は間接的なものであるため、どれだけの効果があるかがはっきりせず、逆にTPPによる自動車等の市場開放を通じて米国の赤字がさらに増大する可能性もあることが主たる理由だったのではないかと考えられる。

 実際、TPPが形成されても中国はTPP加盟国と従来どおり個別に貿易を行うことは可能であり、また、「一帯一路」のように別の投資・貿易の枠組を作って影響力を拡大することもできる。しかも外資企業に対する知的財産権の侵害はやむことがなく、TPPの枠組ではそれをとどめる有効な手段がない。

 トランプ政権がTPPには加盟せず、通商法301条を適用するという手段を採用したのは、まさにそうした現実的な判断によるものと考えられるのである。

 ただし、TPPへの加盟であれ、通商法301条の適用であれ、その主目的が中国の行っている貿易関連の不正・不当行為を停止させ、中国の野心的な勢力拡大を阻止しようとすることに変わりがあるものではない。そして、このことについては日米の利益はまったく共通している。この観点から、日本は、米国が行っている通商法301条に基づく対中国制裁措置を支持する立場を明確にし、EU、G7等との連携を図っていかなければならない。米国からすでに日本、EU等に対してこのための呼びかけが行われているとの報道もあるが、日本はもう少しこの問題についての旗幟を鮮明にし、併せて国民の理解を得る努力をするべきであろう。

 「米中貿易戦争」の本質は中国の不当・不正行為にある。冒頭の加害者、被害者の問題に戻るが、米国は知的財産権侵害の問題において明らかに被害者であり、加害者は中国である。中国が米国企業に対して行っている知的財産権侵害をやめるかどうかということが問題なのであり、米国の制裁措置がまず問題としてあるのではない。ところが、中国は、自国の責任を棚に上げ、米国が輸入制限措置をとったというそのことだけをことさらに取り上げ、あたかも被害者を装ってこれに報復しようとしている。そして、中国の巧みな宣伝行為もあって、被害者がいつの間にか加害者として扱われる。本質を見失ってはならない。


発表時期:2018年11月
学会誌番号:46号

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