河原論説

「米中G2」論の消滅と「新型大国関係」

河原 昌一郎

 「新型大国関係」は、中国が米中関係の今後のあり方を示すものとして用いている用語であるが、現在のところその意味するところは不明確なままであり、もとより国際的な支持が得られているものでもない。ところが、今年6月7、8日にアメリカ・カリフォルニア州で開催された米中首脳会談時には、中国では、人民日報を始めとする各紙がこぞって米中による「新型大国関係」構築の機運が盛り上がっている旨を大々的に報道した。

 「新型大国関係」の提起は、2012年2月の習副主席(当時)の訪米時になされたとされる。その後、同年5月の米中戦略・経済対話における開会挨拶で胡錦涛主席(当時)も「新型大国関係」に言及するなど、中国は米中の首脳、外相級の会談ではことあるごとにこの「新型大国関係」を持ち出している。

 それでは中国は、なぜこの「新型大国関係」にそのように固執するのだろうか。その理由を考えるには、まず「米中G2」論の消滅について触れておく必要がある。

 「米中G2」論は、アメリカと中国が実質的に世界統治、とりわけアジア太平洋の情勢に責任を持つ体制を作るという構想であり、オバマ政権発足当初にブレジンスキー元大統領補佐官等から提唱され、それに向けた期待も一部であった。しかしながら、「米中G2」論の実現のためには、中国がアメリカの主導する民主主義と自由経済という現在の国際的原則を基本的に受け入れ、両者が価値観を共有することが前提とされるが、中国はアメリカの期待するような政治改革を一切拒否し、価値観の共有も受け入れなかった。

 このため、2011年1月にクリントン国務長官(当時)は、ワシントンにおける講演で、「今日、米中関係は世界のどの2国関係にも劣らず重要であるが、G2というものは存在しない。米国も中国もこの概念を否定している。米中以外にも私たちと協力して地域や世界の情勢を形成する主要な主体、同盟国、機関、そして新興国がある。」と述べ、「米中G2」論を明確に否定したのである。そして、アジア太平洋の国際情勢の形成には、今後ともアメリカが同盟国等と連携してリーダーシップを発揮していく方針を強調した。温家宝首相(当時)も「米中G2」論には従来から否定的見解を述べており、現在では「米中G2」論は完全に消滅したものとして良いであろう。

 中国としては、自身が「米中G2」論を受け入れなかった以上、「米中G2」論の消滅はやむを得ないところであろうが、「米中G2」論が単に消滅しただけで放置することは、アジア太平洋の情勢が今後ともアメリカとその同盟国、すなわち日米主導で形成される情勢が継続することを意味する。アメリカはその意向を明確にしており、政治的価値観で相容れない中国は、アジア太平洋の主流の国際情勢から排除され、または取り残される可能性もある。「新型大国関係」は、こうした「米中G2」論の消滅という状況下で、2012年になって打ち出されたのである。

 したがって、「新型大国関係」の直接の狙いがアジア太平洋の国際情勢への中国の影響力の維持・拡大であることは明らかであろう。ただし、中国は、アメリカと協調して民主主義と自由経済を基調とする国際社会を作ろうとしているのではない。米中の価値観の相違は中国が十分に認識しているところである。中国の主張は、価値観の如何にかかわらず、パワーの劣る小国はパワーの優る大国の決定に従わざるを得ないのであり、米中がまさにその大国であるというものである。

 こうしたパワーの論理は、かつての列強による小国分割・植民地支配を彷彿とさせるものであり、歴史を約1世紀逆戻りさせるものである。習近平は、前述の米中首脳会談の際に「太平洋には米中両大国を受け入れる十分な空間がある」と語ったとされるが、その意識はまさに1世紀前のパワーによる大国の支配そのものであると言わざるを得ない。

 しかしながら、中国の主張する「新型大国関係」は、言うまでもなく、アメリカが受け入れることによって初めて意味をなすものである。もしアメリカがこうした中国の考えを受け入れず、これまでどおり民主主義と自由経済による国際秩序の形成という方針を変更しなければ、中国が孤立化していく可能性もある。したがって、中国としては何としてもこの「新型大国関係」にアメリカを引きずり込む必要があるのであり、アメリカとの価値観の異なる中ではこの「新型大国関係」に固執さざるを得ないのである。

 そして、この「新型大国関係」構築にとっての最大の障害が、同一の価値観を標榜する日米同盟であることは明らかであろう。もとより、中国が意図しているような歴史の逆行は決して許されるものではない。このことは世界の求めるところでもあろう。我が国は、アメリカとの十分な意思疎通の下に、日米同盟の深化を図り、中国の動きに備えることが求められているのである。


発表時期:2013年8月
学会誌番号:26号

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