河原論説

台湾に強まる中国の「三戦」攻勢

河原昌一郎

 台湾で、中国の「三戦(心理戦、世論戦、法律戦)」攻勢がかつてなく活発化しており、その一方で、それに対する台湾内での抵抗や警戒も強まっている。

 2019年4月7日、台湾の台大学生会、政大学生会等が発起人となって、台湾全土の50近い大学学生会等が共同で「青年偽ニュース抑制陣線」を結成し、共同声明を発表した。共同声明では、事実に反するニュースを抑制すること、報道姿勢が偏ったメディアのニュースの視聴を拒否すること、ニュースの背後にある中国要因に警戒すべきことを訴え、政府には中国による情報操作等への対応を強化することを求めた。

 次いで、台湾の政党「時代力量」は、2019年5月27日、立法院に「反国外敵対勢力併呑滲透法草案」を提出した。時代力量は、馬英九政権時において両岸サービス貿易協定の批准を阻止したひまわり学生運動を主導した学生が中心となって結成した政党である。2016年の立法委員選挙では民進党と選挙協力を行い、5人の当選者を出している。台湾の政治勢力の中では、民進党を中心とする泛緑連盟(国民党を中心とする泛藍連盟に対するもの)に属し、台湾の独立性を維持して民主主義を守ることを主たる政治方針としている。

 さて、同草案の国外敵対勢力とは、言うまでもなく中国のことである。同草案の主たる内容は、中国の指示、委託、資金援助または協力を受け、台湾内で偽情報の拡散、住民投票への介入、重要施設の購入等、中国のための滲透・関与行為を行えば法によって懲役を含む刑罰に処せられるというものである。同草案では、中国の指図に従って台湾内で中国に協力する者を「在地協力者」と呼んでいるが、「在地協力者」が誰かをあぶり出し、「在地協力者」の行動を封じ込めることがこの草案の重要な狙いである。「在地協力者」であることがわかれば、その者は政府への登録が義務付けられ、一定の行為が制限され、監視を受ける。

 台湾の大学学生会や時代力量が、最近になって相次いでこのような対抗手段の採用に踏み切ったのは、もとより、中国の「三戦」によって台湾の世論が現実に影響を受けるようになっており、このまま放置すればいずれ台湾の民主主義が機能しなくなり、中国に容易に併呑されてしまうという危機意識によるものであろう。「在地協力者」と見られる者が、政財界を問わず、それだけ目に付くようになっており、またその影響も徐々に大きなものになっているということである。

 中国がこのごろ台湾への「三戦」攻勢を強めているのは、2020年1月に予定されている台湾総統選を台湾併呑のための一つの大きなチャンスとして見ているためである。中国の最終的な目標は、言うまでもなく、世論操作等を通じて、中国が影響力を及ぼし得る候補者を総統に当選させ、その者と両岸平和協定を締結して、平和的かつ合法的に台湾を統合することである。総統選に向けての選挙戦は2019年秋から本格化することとなろうが、台湾の与野党とは別に、中国は中国でそれに向けてのそれなりの準備を進めているのだ。

 中国が2020年1月の総統選を大きなチャンスと考えているのには十分な理由がある。2018年11月24日に行われた統一地方選挙で与党民進党が大敗を喫し、民進党の低調ぶりが明らかとなったのである。選挙が行われた21地方首長(県市長)のうち、野党国民党が15首長を獲得する一方で、民進党はわずかに6首長を獲得したのみであり、民進党党首であった蔡英文が党首を辞任する事態となった。

 とりわけ民進党にとって衝撃であったのは、これまで民進党の牙城であると考えられてきた高雄市において、中国とのつながりもうわさされる国民党候補韓国瑜に屈したことであろう。韓国瑜はそれまで無名であり、そのパフォ―マンスとメディア報道で注目を集め、支持率を高めた。中国の情報操作が有効だったことを示唆するものともなったのである。

 民進党蔡英文政権に対する支持率はその後も十分に回復したとは見えず、このまま推移すれば、国政選挙と地方選挙とは異なるとはいえ、2020年1月の総統選では国民党候補者が当選する可能性が高いのである。国民党は中国との統一や両岸平和協定締結に反対していない。また、近年、中国は国民党と各方面での関係・交流を深めてきており、中国が比較的影響力を及ぼしやすい政党である。中国としては、国民党内の予備選を通じて、中国にとってより都合のよい者を国民党候補者とし、総統選で当選させたいところであろう。

 こうした総統選への選挙介入とともに、中国が、現在、力を入れて取り組んでいると見られるのが一国二制度の台湾住民への浸透である。首尾よく中国の考える国民党候補者が総統に当選しても、両岸平和協定に対する台湾住民の警戒や反発が著しく強いものであれば、両岸平和協定締結が頓挫してしまう可能性がある。馬英九政権時に、馬英九は両岸平和協定を締結しようとしたものの、強い反発にあって断念した経緯がある。そうならないためにも、また、たとえ住民投票になっても過半数の同意が得られるようにするためにも、一国二制度が台湾住民にとって最善のものであるという世論をつくり、それを普及させることが中国にとっての課題だと考えられるようになったのである。

 こうした中で、2019年1月2日、習近平は「台湾同胞に告げる書」発表40周年記念式典における講話で、両岸統合は民族の悲願であるが、一国二制度こそが両岸統合のための最善の方策であるので、今後は一国二制度についての検討をさらに進め、平和的統一に向けての実践経験を豊かなものにしていくという考えを明らかにした。習近平の講和によれば、一国二制度のもとで台湾同胞の社会制度、生活方式等は十分に尊重され、台湾同胞の私的財産、宗教信仰、合法的権益もまた十分に保障されるという。習近平のこの講話の内容は、2019年3月の第13期全国人民代表大会第2回会議において、今後の対台湾工作の核心となることが改めて確認されている。最近における中国の対台湾「三戦」活動の活発化、とりわけ一国二制度に関する世論工作は、この習近平の方針に即したものでもあろう。

 一国二制度に関する普及は、インターネットを利用して、大々的に行われるようになっている。その中心的な役割を果たしているのが、「五毛党」と呼ばれる中国のインターネット世論誘導集団である。一件の書込みにつき五毛(0.5元)の報酬をもらうと言われたことから五毛党の名があるが、中国に一千万人以上いるとされ、中国政府の指示で一斉に書き込みを行い、世論を誘導するのである。

 また、一部の台湾メディアは、中国で行われるメディア人の会議に参加し、中国の一国二制度に関する考え方を聴取している。参加した台湾メディアは、一国二制度を批判することなく、中国の主張をそのまま台湾で報道するのであろう。

 このような情勢に対処するため、蔡英文は、2019年3月12日の国家安全会議で、「一国二制度による統一攻勢に対抗するためのガイドライン」を表明した。このガイドラインでは、中国共産党による交流を隠れ蓑にした対台湾工作の滲透や台湾の内政干渉に対抗すること、中国共産党による台湾の世論操作、社会滲透、国防や核心産業の機密窃盗を防ぐこと等が規定された。

 現在、蔡英文政権は、一国二制度の滲透工作等の中国の活動に厳しい態度で臨んでいるが、こうした蔡英文政権の対応は中国への挑発ではないかと批判(柯文哲台北市長の2019年3月30日台北市議会での発言)する声もある等、さっそく中国を擁護する動きも見られる。

 強まる中国の「三戦」攻勢に対して台湾の民主主義は耐えることができるのか。この問題は、台湾では特に深刻であるものの、決して台湾だけの問題ではない。中国の「三戦」攻勢にさらされている全ての民主国家に共通する問題である。特に日本では、台湾と同様に、マスコミを含めて各界への中国の滲透が見られ、すでにいろいろな分野でその影響と見られる現象が起きている。日本は台湾と、こうした状況についての情報交換を行う等、経験を共有化しつつ、共通の価値である民主主義を守る努力をしなければならない。台湾を守るのは結局のところ世論操作に惑わされない台湾人の意識であるように、日本を守るために日本人が自らの意識を高めることも現在では必要とされているのである。


発表時期:2019年8月
学会誌番号:49号

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