河原論説

農民暴動と中国社会

河原昌一郎

 2013年3月5日から17日まで北京で開催されていた中国の全国人民代表大会(全人代)は、習近平共産党総書記の国家主席への選出、2013年度予算案の審議等の予定されていた議事を終え、閉幕した。全人代の開会期間中は、北京だけでなく、中国では全国的に厳しい警戒態勢が敷かれる。これは、全人代開催への直接的な妨害活動は言うまでもなく、この期間の民衆抗議行動や暴動の発生が中国政府への批判として内外に受け止められることを当局が強く恐れているためである。

 しかしながら、こうした厳戒の中にもかかわらず、今年も全人代開会期間中において、3月8日にはウイグル自治区で漢民族襲撃事件、10日には広東省で農地収用に反対する農民暴動、12日には同じく広東省で工場排気汚染への住民抗議行動等の事件の発生が海外メディア等によって報じられた。

 中国では、民衆暴動の発生が年々増加する傾向にあり、2011年には18万件の暴動事件が発生したとされる。これらの暴動事件を類型化すれば、①チベット、ウイグル等の少数民族の抗議行動、②農地収用に反対する農民暴動、③企業による環境汚染、賃金不払い等に対する抗議行動に大きく分類することができるが、今年の全人代開会期間中に発生が報じられた事件もこの類型に即したものとなっている。

 これらの事件は、いずれの類型においても、単に個人の問題というのではなく、中国政府、企業、労働者・住民、農民、少数民族等の間の矛盾を鋭く反映したものであり、現体制の安定を脅かす重要な問題を内包しているが、ここでは特に中国的な特色を有している②の類型の農民暴動について考えてみたい。

 農地収用に関する農民と警察等との衝突事件は、報じられているものだけでも2009年の福建省平和県での事件、2010年の広西壮族自治区柳州市での事件、2011年の広東省陸豊市での事件等、枚挙にいとまがないが、これらの農民暴動の発生は制度的矛盾等を背景とした構造的要因に基づくものである。

 中国では、土地は原則として国有であるが、農村の土地は農民集団有(村有)とされ、その管理は村民委員会主任(村長)等の農村幹部にまかされている。各農民は、村から村有地である農地の耕作を請け負うことによって農業に従事しているのである。一方で、経済発展にともなって、特に都市近郊農村では、都市開発等のために農地を転用すれば巨大な利益が見込まれるようになっている。そして、こうした土地開発を行うためには国(市政府、県政府等)が村有地である農地を収用して国有地にする必要がある。このときに、国に村有農地の収用を承諾するのはもちろん村を代表する農村幹部である。村または農村幹部には承諾の見返りとして開発利益の一部が譲与されることも多いであろう。農地収用は、農村幹部には大きなメリットがあるのである。

 ところで、ここで問題になるのは収用の対象となった農地を耕作している農民である。耕作している農地が収用されることは農民にとって死活問題であることは言うまでもない。ところが、農地収用の可否が耕作農民に相談されることはない。農地の所有者は村であって、農民はただ農地の耕作を請け負っているだけにすぎず、収用手続き上も耕作農民との協議は必要とされていないためである。農地収用に当たっては、土地管理法の規定に基づいて一定額の土地補償費等が支払われることとなっているが、これも土地所有者である村に支払われるのであって、耕作農民に対してではない。そのうち耕作農民がどれだけの支払を受けるかは農村幹部の考え方いかんなのである。

 これでは農民暴動が起こるのもやむを得ないようであるが、ここでさらに目を向けなければならないのは、自らの利益のためにはこうした制度を悪用して同じ村の農民の生活を踏みにじってもかまわないとする農村幹部が中国では普遍的に存在するという事実である。自己利益のために他を顧みないというのは中国社会の通弊としてよく指摘されるところであるが、農民暴動もこうした中国社会の性格によって引き起こされている面が大きい。農民暴動は、中国の統治体制、法的制度、社会等の各種の矛盾を反映しているのである。


発表時期:2013年2月
学会誌番号:24号

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