河原昌一郎
2012年11月14日に中国共産党が第18回全国代表大会で行った党規約の改正は、二つの主要な内容を含むものであった。一つは胡錦涛主席が主導してきた「科学的発展観」をマルクス・レーニン主義、毛沢東思想、鄧小平理論、「三つの代表」重要思想と並んで党の行動指針として位置付けることであり、もう一つは経済建設、政治建設、文化建設、社会建設と併せて「生態文明建設」を中国社会主義近代化事業の一つとして加えるというものである。
前者は胡錦涛主席の権威を高め、政治的影響力を保持する上で一定の政治的意義を有すると考えられるものであるが、国家の課題と直接関係するものではない。一方で後者は現在の中国が直面している緊急の課題に対する危機意識を表現したものである。ここでは後者について考えてみることとしたい。
中国は改革開放政策開始以来、安くて豊富な労働力、外国からの技術導入、安い元レート維持の三つを競争力獲得の主要な源泉とし、土地開発等を通じたあくなき投資拡大と輸出増加によって経済を発展させてきた。しかしながら、こうしたいわゆる中国式発展モデルは、経済成長や金銭利益取得を至上命題としており、自然や生活環境への影響を無視するものであったため、最近になって多くの問題が顕在化することとなった。
中国の大気汚染は危機的な状況まで進み、北京ではスモッグで航空便が欠航するような事態も起こっている。水質汚染や土壌汚染も深刻である。中国の70パーセントの河川は汚染されており、うち40パーセントは基本的に使用できない状況であるとされる。重金属汚染耕地は2000万ヘクタールに及び(2008年末)、カドミウム汚染米が増加している。北方地域での水不足は深刻化し、砂漠化は歯止めがかからない。また、2012年10月には寧波市で石油化学工場の建設中止を求める1万人規模の抗議行動が起こり、当局が工場建設の停止を約束する事態となった。こうした環境問題や土地開発に起因する抗議活動はますます増加している。
このように、中国式発展モデルは、全国的に多大の環境破壊をもたらすとともに、多数住民の健康被害や社会不安を引き起こすようになっているのである。中国式発展モデルをこのまま続けることは、破壊された環境を回復不能のものとし、持続的成長を困難とするとともに、社会を不安定化させる大きな要因となろう。
こうした中国式発展モデルの破綻という深刻な現実に直面し、これまでの発展モデルに代えるものとして打ち出されたのが「生態文明建設」である。これは要するに自然や環境の保護を優先し、持続的成長を可能とする新たなモデルを見出し、経済社会の安定と発展を図ろうとするものである。
しかしながら、党規約を改正して「生態文明建設」を謳っても、中国は経済成長至上主義を現実に放棄することができるのだろうか。また、現場では手段を選ばない金銭利益至上主義が蔓延している。土地開発から得られる莫大な利益や幹部の腐敗はこうした傾向を助長するものである。こうした現実をすぐに変えることはできない。
現実的には、たとえ破綻が明らかとなっていても、中国の経済発展は基本的にはこれまでどおりの中国式発展モデルの下で進められることとなろう。このため、中国の自然・環境面の矛盾や社会不安は今後とも増大し続けるものと考えられる。中国の内政は一気に不安定化する内部矛盾を増大させているのであり、その前途は楽観を許すものではない。
発表時期:2012年11月
学会誌番号:23号