河原論説

中国の「影の銀行」とモラルハザード

河原昌一郎

 今年3月13日、中国第12期全国人民代表大会の閉幕後の記者会見で、李克強首相は、「影の銀行(シャドーバンキング)」の個別の金融商品に、今後、デフォルト(債務不履行)が起こることは避けられないとの認識を示すとともに、「影の銀行」への監視を強化する考えを表明した。

 ここで、中国の「影の銀行」とは、一般的に、信託会社、投資会社等によって行われるもので、正規の金融業務ではない形態での金融業務のことである。この「影の銀行」には、現実にはもちろん無数のバリエーションがあろうが、その基本的な仕組みと現状をあらかじめ簡単に説明しておきたい。

 まず、信託会社等が、銀行等を窓口として年利5~10パーセントの「理財商品(財テク商品)」を売り出し、投資家から資金を調達する。現行の預金金利の上限は3.3パーセントであるため、有利な資産運用を望んでいる投資家がこうした理財商品を購入する。理財商品の販売によって集められた資金は、主に「地方融資平台(融資プラット・フォーム)」への融資によって運用される。したがって、理財商品の販売と地方融資平台への融資は表裏一体の関係であり、信託会社等の地方融資平台への債権が理財商品償還の担保となっている。

 地方融資平台は、地方政府が開発投資を行う資金を調達するために設立した地方政府傘下の投融資会社である。地方政府が地方融資平台を設立するのは、地方政府は原則として地方債の発行を禁止されており、自ら資金調達を行うことができないため、資金調達のためには別人格の組織が必要とされることが大きな要因となっており、地方政府と地方融資平台は事実上一体である。

 1998年のリーマン・ショック後、中国では4兆元もの大規模な公共投資政策が実施されたが、その一環として、地方においても自ら資金調達して投資を拡大することが求められたため、この時期に「影の銀行」等を利用した地方融資平台の設立が進んだとされる。すなわち、「影の銀行」は、中国の経済成長維持のための積極的投資政策の副産物としての性格も有しているのであり、これまで「影の銀行」に何の規制もかけられずにきたのはこうしたことも一因となっていよう。

 中国銀行業監督管理委員会が公表したところによれば、理財商品の2013年3月末の残高は8兆2000億元(約131兆円)に上っており、また、中国審計署によれば、地方融資平台を通じたものを含めた地方政府の債務残高は2013年6月末時点で17兆9000億元(約286兆円)である。ただし、「影の銀行」によって行われている理財商品の販売、償還等は、簿外(オフ・バランス・シート)で処理されていることが多いことから、当局も正確な実態把握は困難であり、実際の金額は当局公表のものよりもかなり多く、「影の銀行」の総額は30兆元(約480兆円)に達したとの推測もある。

 さて、「影の銀行」の基本的な仕組みと現状は以上のとおりであるが、「影の銀行」の問題は、信託会社等の地方融資平台への融資債権が不良債権化して信託会社等に資金が返済されなければ、理財商品の償還資金の不足すなわちデフォルトを招き、それがきっかけとなって信託会社等の破綻、そして場合によっては連鎖的倒産、金融危機を引き起こす可能性が潜んでいるということである。地方政府が地方融資平台を利用して行う開発投資は必ずしも収益性が良いものばかりでなく、過剰投資、低収益等によるディベロッパーの破綻等によって、資金を返済できなくなるケースが生じることは十分に想定されることである。

 実際、昨年来、「影の銀行」のデフォルト問題やそれに起因する経済不安問題が度々マスコミで報道されるようになっている。昨年は、多額の理財商品の償還期限が同年7月であったことから、7月に中国発の金融危機が起こるかもしれないといういわゆる7月危機説が流布した。この7月危機は、おそらく中国金融当局の介入によって、結果としては発生しなかったが、中国経済の脆弱性、不安定性を露呈することとなった。今年1月下旬には「影の銀行」で約500億円のデフォルトが起こるのではないかと騒がれたが、このときも中国金融当局の意向を受けた者と見られる「謎の投資家」が突然現れ、デフォルトは回避された。さらに今年2月には吉林省信託の発行した理財商品の償還が滞り、デフォルトが懸念されたが、これも中国金融当局の意向が働いたものと見られ、担保会社が新たに出資することによってデフォルトは回避されることとなった。このケースの直接の原因は、吉林省信託が融資した山西省の石炭会社が経営破綻したことによるものである。

 このように、「影の銀行」のデフォルト問題は昨年から急に表面化するようになっているが、これは、理財商品の多くが昨年ごろから償還期限を迎えるようになったためである。したがって、上述のようなデフォルト問題は、まだ氷山の一角と見られ、今後償還期限を迎える理財商品に次々とデフォルト問題が生じてくる可能性がある。

 冒頭に述べた「今後、デフォルトが起こることは避けられない」という李克強首相の発言は、こうした流れの中でなされたものである。この発言は、今後生じてくるであろう「影の銀行」のデフォルト問題に、中国金融当局が全て介入して資金支援を行ってデフォルトを回避するということは現実的に不可能であり、一部のものについてはデフォルトの発生を受け入れざるを得ないという認識を示したものである。そして、一方では、「影の銀行」や金融機関への監視を強め、金融危機の発生は未然に防止する姿勢を強調している。

 しかしながら、デフォルトが発生すれば一定規模の企業倒産は避けられず、多かれ少なかれ中国経済に一定のダメージを与えることとなる。また、「影の銀行」は、その総額の大きさからも現在では中国経済で重要な地位を占めていることは明らかであり、デフォルトの連鎖的効果によって「影の銀行」が破綻するようなことになれば、まさに中国経済の崩壊にもつながりかねない。今後、中国金融当局はこの「影の銀行」のデフォルト問題に細心の注意を払って対応することが求められているのである。

 それでは、中国経済のアキレス腱とでも言うべき存在となったこの「影の銀行」は、なぜ短期間のうちでここまで急拡大したのであろうか。その直接的要因は、前述のとおり、リーマン・ショック後の積極的投資政策によるものであるが、「影の銀行」がその後も縮小することなくますます拡大していったのは、中国特有のモラルハザードによるところが大きいものと考えられる。

 地方政府幹部は地方融資平台を利用して次々と資金を調達して都市開発、工場建設等のプロジェクト事業を実施した。資金調達による投資は、地方政府幹部にとって、自己の収入、実績向上等に直接的なメリットがあることから、事業の採算性を慎重に検討することなく事業の実施を進めていったのではないかと考えられる。事業実施主体は別に設立した会社等になっていることが多く、地方政府幹部が直接に責任をとる体制になっていないことがモラルハザードを助長した。そしてこのことが、将来のデフォルトの危険性を胚胎させることとなったのであるが、地方政府幹部にとって、「影の銀行」から資金を調達することが自己にとってメリットがある以上、それをやめる理由はなかった。将来、資金が返済できなくなれば誰かに迷惑がかかるというようなことは考慮の外であり、自己のメリットが優先されたのである。

 また、信託会社等経営者は、地方政府の行うプロジェクト事業に必要な金額を地方融資平台に融資し、そのための資金を高利の理財商品を販売することによって調達した。その際に、信託会社等経営者がモラルハザードに陥っていなければ、理財商品の償還を確実にするために、当該事業の採算性や担保の確実性を十分に検討したであろうが、現実には地方政府幹部の求めるままに融資を拡大していったように見える。そのことによって「影の銀行」は急速に拡大したのである。

 そして、高利で資金を運用したい投資家は一も二もなく理財商品に飛びついた。商品の安全性という面からは欠陥が明らかであり、推奨できる商品でもないはずであるが、高利に惹かれて我先に理財商品を買い求めた。投資家もやはりモラルハザードに陥っていたのである。

 このように、中国の「影の銀行」は、中国特有のモラルハザードを背景にしたものであり、またそうしたモラルハザードが地方制度を含めた中国の行財政制度に深く結びついている。「影の銀行」は、中国の経済社会の一つの縮図なのである。


発表時期:2014年2月
学会誌番号:28号

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