河原論説

中国18期3中全会と「中進国の罠」

河原昌一郎

 「中進国の罠」とは、一人当たりGDP(国民所得)が概ね3,700~11,500ドルの中進国となってから、自国の賃金上昇によって軽工業品等については低所得国に対する競争力を失う一方で、一定の技術力を要する工業製品については先進国と比較して技術力が不十分なため、結果として経済成長が鈍化、停滞し、一人当たりGDPが伸び悩むようになって中進国から抜けられない現象を言う。

 実際、冷戦終結以降、世界の多数の国が中進国の仲間入りをしているが、そのうち中進国を抜けて先進国の仲間入りをしたのは、アジアNIESと東欧の一部諸国ぐらいのものでしかない。

 中国はGDP総額では世界第2位となったものの、一人当たりGDPでは2009年にようやく3,749ドルと中進国レベルとなった。2012年現在の一人当たりGDPは6,086ドルである。したがって、中進国としての中国経済が、今後どのような動きを示すかが注目されるところとなっているが、中国式発展モデルの実質的崩壊は、中国において「中進国の罠」がすでに進行していることを示すものである。

 中国式発展モデルとは、いろいろな定義の仕方があろうが、外国資本・技術の導入、人民元安での為替レートの固定化、安価で豊富な農民労働力の利用を主たる手段として、政府の直接的支援の下で輸出産業の育成拡大に積極的に取り組み、経済発展を図るものであるとしてよいであろう。

 ところが、近年では、沿海部を中心に農民労働力が枯渇するようになって賃金上昇が進み、投資環境の悪化から外国資本の中国からの撤退、移転が広範に見られるようになっている。また、為替レートの固定化は継続しているが、アメリカの圧力等もあって、人民元のレートは徐々に上昇している。しかも、環境を無視した経済開発を長期に続けた結果、pm2.5で知られた大気汚染をはじめとして、土壌汚染、水質汚染、砂漠化等の環境破壊が著しく進行し、これまでの発展モデルが限界に来ていることは誰の目にも明らかとなっている。さらに、都市住民の中での貧富の格差の著しい拡大、強制的土地開発に伴う土地なし農民の増加、少数民族地区での経済発展の遅れその他の要因による不満の増大等によって、中国各地で暴動が頻発するようになっているが、こうした社会不安の増大も経済発展の阻害要因として働くこととなろう。

 2013年11月9日から12日まで開催された中国共産党第18期中央委員会第3回全体会議(18期3中全会)は、このような状況に対して、中国がどのような経済改革政策を打ち出すのかが注目された会議であった。中国共産党中央委員会では、通常、各期(5年)の1中全会および2中全会ではそれぞれ党組織人事および国家組織人事が主要議題とされるが、3中全会ではその期の基本的政策方針が打ち出される。過去の有名な3中全会としては、たとえば、改革開放政策を決定した1978年の11期3中全会、社会主義市場経済の方向を確立した1993年の14期3中全会が挙げられよう。18期3中全会においても、中国式発展モデルが実態として崩壊している中で、新たな経済政策が提示されるものとの期待が高かったのである。

 18期3中全会前には、中国政府のシンクタンクである中国国務院発展研究センターから、「383」改革プラン(三位一体の改革構想、8つの重点改革分野、3つの関連改革)と呼ばれる提案も3中全会に提出されており 、こうした提案が同3中全会での決定に反映されるのではないかと考えられていた。

 ところが、同3中全会終了後に公表された「全面的改革深化の若干の重大問題に関する決定」と題する同3中全会決定の内容は、大方の予想に反して、中国が直面するそれぞれの課題についての一定の問題意識は示されているものの、それに対する具体的な改革らしい改革案は示されず、内容に乏しいものであった。

 同決定では、まず、経済改革の「核心問題は政府と市場との関係をうまく処理することであり、市場が資源配分で決定的役割を果たすようにし、政府が適切な役割を発揮することである」として市場化の推進の重要性を指摘する。資源配分における市場の役割が、従来は「基礎的役割」とされていたところ、同決定では「決定的役割」と改められているが、具体的に何が異なるのかの明確な説明はない。

 一方で、「公有制経済を強固にして発展させることについてはいささかも動揺させてはならず、公有制の主体的地位を堅持し、国有経済の主導的役割を発揮させ、国有経済の経済活力、統制力、影響力を不断に増強させる」として、国有経済すなわち国有企業の市場における支配的地位または特別の地位を今後とも政策的に維持することを認めている。

 市場化の推進と国有企業の支配的地位の政策的な維持とは本来的には矛盾する政策である。市場化が徹底されれば、国有企業の支配的地位は必ずしも保証されないはずである。支配的地位にとどまる国有企業があるかもしれないが、企業間競争によって淘汰される国有企業が生じることは避けられない。

 こうした矛盾した政策が並列的に記述されることは、中国共産党の指導部においてこの問題についての意見の対立があり、結局調整されないままとなったことを示唆するものと見ることもできる。経済改革のために市場化の積極的な推進を唱えるグループがある一方で、国有企業をめぐる巨大な既得権益を確保しようとするグループがあり、結局、玉虫色の決着になったというものである。経済改革に関するこうした路線の対立が同決定を抽象的であいまいなものにしたということはあり得ることであろう。

 同決定にあるように、現実的に中国で国有企業は特別の地位を占めている。中国国内企業のうち、国有企業(国家持株会社を含む。)の売上高の占める比率は2012年において約16パーセントであるが、電力、電気通信等の自然独占産業のほか、機械、電子、石油化学、自動車、建築、鉄鋼等の主要産業においては、今後とも国有企業が支配を維持すべきとされている。

 しかしながら、国有企業は、企業の財務、人事が中央または地方政府の直接、間接の管理の下に置かれているため、一般的に経営効率は良くない。たとえば、2012年において私営企業の平均利潤率は7.69であるが、国有企業は6.52であり、明らかな差がある。

 主要産業でこうした非効率な経済主体を温存しておくことは中国経済の競争力の向上にとってはマイナスである。独占的な地位が保証されていることによって、技術革新への誘因は乏しく、その一方で賃金は徐々に上げて行かざるを得ない。このため、中国の国有企業は外国企業の買収等によって不足している技術力等を補おうとしているが、これについてはすでに外国から厳しい警戒の目と批判にさらされるようになっている。

 以上から明らかなとおり、中国はすでに、ある程度賃金が上昇する中で技術力が相対的に劣るという「中進国の罠」に陥っているが、これから抜け出す方策を18期3中全会では示すことができなかった。「中進国の罠」から抜け出すためには国有企業の独占的地位を排して抜本的改革を行うことがまず必要であるが、中国にそのことが可能なのだろうか。

 国有企業は中国共産党の経済力の源泉であり、巨大な既得権益と結びついている。国有企業の抜本的改革のためには、多かれ少なかれこの既得権益に挑戦せざるを得ない。また、国有企業は社会主義市場経済における公有制経済の要であり、国有企業の特別の地位を否定することは中国の現在の経済体制を否定することになりかねない。したがって、国有企業の特別の地位を否定するような形での抜本的改革は、現実的には今後とも困難であるように思える。

 結果として中国は「中進国の罠」から抜け出せず、今後一人当たりGDPがある程度増加しても先進国並みになることはなく、中進国のままでとどまることとなろう。

 なお、同決定では今後の改革の推進のために、中国共産党中央に「全面的改革深化指導グループ」を設置することを明記した。これは、今回結論が出ずに先送りとなった改革の内容について、習近平主席直轄の指導グループで検討して結論を出していこうとするものである。その中で、国有企業の一定の見直しは行われるであろうが、上述のとおり、抜本的改革は期待できない。

 中国が先進国になり得るのは、中国共産党の統治体制を含め、政治経済体制に根本的な変革が起こったときだけなのである。


発表時期:2013年11月
学会誌番号:27号

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