コラム

理想論と現実論-憲法改正論議に思う-

河原昌一郎

 憲法9条に関する自民党内の改正論議は、大きく、9条2項を削除する案(2項削除案)と9条2項を維持した上で9条の2を追加して自衛のための必要最小限度の実力組織を保有することを規定する案(9条の2追加規定案)との2つの案があり、意見が対立していたが、結局、9条の2追加規定案でまとめる方向であるという。ところで、この両案の対立は理想論と現実論の対立でもあった。言うまでもなく2項削除案が理想論であり、9条の2追加規定案が現実論である。

  現行の9条1項の戦争放棄に関する規定は、日本も加入していた1929年パリ不戦条約や国連憲章2条4項の規定の流れを汲むもので、国際的に一般的なものであり、特に問題があるものではない。そして、戦争放棄は決して自衛のための軍事力保持を禁じるものではない。問題は戦力不保持を規定した2項であった。この規定によって、日本は自衛のための組織を持つことすら禁じられているという解釈が一部でなされ、政府は、自衛隊は戦力に当たらない実力組織であるという言い方をせざるを得なかった。

  したがって、日本の憲法を国際基準に戻す最も素直な方法は2項の削除であり、これが理想ということとなろう。一方で、9条の2追加規定案は、政府の現行解釈を9条の2として規定してとにかく自衛隊の合憲化を図ろうとするものであり、まさに現実論と言うべきものである。

  現在の日本の政治情勢、国民意識等に鑑みれば、自民党が現実論で調整を図ろうとするのもやむを得ないかもしれない。しかし、ここで思いを致さねばならないのは、今回の憲法改正論議もそうであるが、国内で本来あるべき議論がなされず、ただ政治的な妥協を繰り返す日本の安全保障の現実である。これによる日本の弱体化は計り知れず、日本の将来に暗雲を投げかけるものとなっている。中国、半島情勢が不穏なものとなっている今日、日本の安全は、国民が一致協力して、日本の国力等を踏まえた最善と考えられる措置を講じていかなければ守れるものではない。日本国民の意識の低さが現在の状況を招いている。憲法改正論議でも国民はただ迷妄の中に漂っているかのようである。日本国民の覚醒を強く望むものである。


発表時期:2018年8月
学会誌番号:45号

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