河原論説

戦争の回避・不回避-米国と北朝鮮の場合は-

河原昌一郎

 戦争の回避、不回避は、まったく当事国の意図による。

 もし、両当事国がともに戦争を避けるつもりであれば、表面的に両国がどのように激しく対立していようとも、またはどのように危険な状況になっていようとも、原則的には戦争になることはない。もとより偶然の事件による戦争勃発という事態は常に排除されないものの、通常は、極限の状態で何らかの戦争を避ける道が見いだされ、戦争は回避されるのである。そうした事例としては、米中の第一次台湾海峡危機(1954年)、第二次台湾海峡危機(1958年)、米ソのキューバ危機(1962年)等が挙げられよう。1874年の台湾出兵の際の日清両国の関係もこの事例の一つである。このときは、会議は決裂と見られたものの、台湾の清国領有を日本が認める一方で清国は日本の出兵を正当なものとして認めて補償金を支払うという内容で、まさに急転直下妥協が成立した。

 他方、当事国のどちらか一方が戦争の意図を有している場合には、両国間で一定の話合い等が行われることがあっても、原則として戦争は避けることができない。戦争を意図しない国がいかに戦争を避けようとしても、降伏的妥協でも行わない限り、戦争を意図している国はさらなる難条件を突きつけ、または適当な口実を見いだして、必ず戦争に持ち込むのである。一方が戦争の意図を固めている限り、他方は戦争から逃れることはできない。

 日本が戦った日清戦争(1894年)および日米戦争(1941年)は、両戦争勃発の際の日本の立場は異なるが、いずれもこの事例に含められるものである。日清戦争では、清国がロシアに日清間の調停を求めるといった動きもとっていたが、日本はあえて清国が受け入れることができない朝鮮の内政改革を強行するなどして戦争に持ち込んだ。日米戦争にあっては、日本の戦争回避のための努力は多くの人の知るところである。ところが、それに対する米国の回答は、石油の禁輸であり、ハルノートの提示であった。米国は日本を戦争に追い込み、日本はそれから逃げられなかった。

 それでは、現在、戦争の危機が迫っているとされる米国と北朝鮮の場合はどうであろうか。当事国の一方に戦争の意図は認められるだろうか。

 まず北朝鮮について見れば、北朝鮮が核兵器とICBMの開発・保有問題で、米国にこれらを認めさせるために軍事力を行使する意図を有しているとは誰も思わないだろう。そもそも、北朝鮮はそうした軍事能力を有していない。北朝鮮の意図は、米本土を核攻撃する能力を備えることで、米国による北朝鮮への軍事力行使を抑止し、北朝鮮の体制維持を盤石化することである。北朝鮮が米国への核攻撃能力を保有すれば、米国が反撃できないことを見越して将来的に韓国や日本に対して核による威嚇を行うことも予想され、日米韓三国にとっては決して容認できないものであるが、北朝鮮にとっては、核やICBMを保有するために何も米国に軍事力を行使する必要はない。核実験やミサイルの発射という開発活動が妨害されなければそれで良いのである。北朝鮮の国営・朝鮮中央通信(KCNA)は、今年8月9日、太平洋上の米領グアムに対して中長距離ミサイル攻撃を検討していると伝えたが、これなどは本当にグアムを攻撃するというのではなく、北朝鮮が韓国、日本の米軍基地だけでなく、グアムの米軍基地をも叩けるという能力を誇示することによって、米国を牽制しただけのものだろう。実際、報道のとおり、金正恩は8月14日に軍幹部からグアム島への包囲射撃の計画を聴き、綿密で念入りな計画を策定していると称賛したものの、グアムへのミサイル発射については米国の行動を「もう少し」見守ると述べるにとどめている。

 北朝鮮に戦争の意図が見いだせない以上、米朝間に戦争が起こるかどうかは一に米国の意図に係ることになる。米国は北朝鮮の核・ミサイル開発を阻止するための十分な軍事能力を有している。米国が必要な軍事力を用いれば、短時間のうちに北朝鮮の核・ミサイル施設を撃破できることはほぼ間違いのないところである。それでは米国はそうした軍事力を現実に北朝鮮に用いる意図を有しているのだろうか。

 米国の軍事力行使に際しては、①北朝鮮の反撃による韓国等の被害の状況、②戦争に対する中ロの軍事的干渉、そして③北朝鮮の現体制崩壊後の北朝鮮の管理のあり方が主要な関心事となろう。

 ①については、北朝鮮が核兵器を用いず、通常兵器のみによる反撃だったとしても韓国には100万人以上の犠牲者が出るものと見られている。もとより、日本に対する攻撃も考えられ、そのときの被害は少ないものではないだろう。そのほか、化学兵器攻撃、特殊部隊による攻撃等も想定され、被害は甚大なものとなる可能性がある。それだけの犠牲を覚悟してでも軍事力行使に踏み切るためには、北朝鮮の兵器の所在の把握等、事前の十分な検討と準備が必要であろうが、そうしたことがなされてきたとは見えない。

 ②について、中国の環球時報は今年8月11日の論説記事で、米朝間で戦争が勃発した場合、北朝鮮が先制したときには中国は中立を保つが、米国が先制したときには中国は介入すべきだと主張した。もとより、これは新聞の論説記事であって中国政府の公式見解ではないが、環球時報は人民日報傘下の新聞紙であり、この記事の内容は中国政府の見解と矛盾するものではないだろう。ロシアについては、現在のところ、そうした記事は見られない。いずれにしても、米国は北朝鮮に軍事力を行使すれば中国との軍事衝突に至る可能性があるということである。通常は、大国との戦争の危険を冒してまで軍事力行使に踏み切ることは考えにくい。

 ③について、現体制崩壊後の北朝鮮の管理のあり方は現在のところまったくの未知数というほかない。北朝鮮に対する米国と中ロとの立場の相違もあって、このことは関係国間でも議論がなされていない。また、米中ロの共同管理となるのか、日本・韓国はどのように関与するのかということについては、戦争の推移によっても異なってくることであり、一定の将来像といったものは存在しない。朝鮮半島から生じると考えられる大量の難民の処置も十分な検討はされていない。こうした中で戦争に踏み切ることは、無謀の誹りを免れないだろう。

 以上の検討の結果から、現状では、米国が北朝鮮に先制的に攻撃することは考えにくく、したがって、そうした意図は有していないと見て良いものと考える。北朝鮮がミサイル発射等の挑発行為を平気で繰り返し行うのは、米国に北朝鮮を実際に攻撃する意図がないことを見越しているためである。現状は、米朝間に戦争が起こる状況ではなく、北朝鮮の核・ミサイル開発は事実上フリーの状態になっているのである。

 それにもかかわらず、米国政府は軍事力の行使が選択肢としてあることを主張し、演習実施等による軍事的圧力を強めているが、なぜか。これは一種の瀬戸際作戦であり、極限まで緊張を高めることによって相手国や関係国の事態収拾のための動きに期待しているのである。ただし、軍事力の集中等によって現実に緊張が高まっていることから、誤認や誤解による意図しない戦争が発生する危険性も高めており、瀬戸際作戦は安全なものでは決してあり得ない。

 さて、それでは北朝鮮に対する有効な措置とは何なのか。基本は、軍事力は行使しないまま、北朝鮮がこれ以上の核・ミサイル開発を行うことを抑制し、さらに開発能力を減殺する方策を追求するということとなろう。その最も直接的な方法は北朝鮮に対する石油の禁輸措置である。このほかにも北朝鮮の貿易制限、北朝鮮国民の渡航制限等の措置をとり、物的、人的な流れを封殺することも考えられる。北朝鮮に対しては、体制転覆ではなく、現体制の中での核・ミサイル開発の抑制が当面は目指されることとなろうが、その成否の多くはこれまで北朝鮮の核開発を密かに支援してきたと言われる中国の動きにかかっている。北朝鮮問題は中国問題でもあることは忘れられてはならない。


発表時期:2018年2月
学会誌番号:43号

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