河原論説

国家戦略と「戦略的愚劣」

河原昌一郎

 メディアで広く報道されていたので、多くの方が目にされたことと思うが、アメリカの国家安全保障会議アジア上級部長を2009年1月から2011年4月まで務め、ホワイトハウスのアジア政策を統括してきたジェフリー・ベーダー氏が3月8日に回顧録を出版して講演を行い、その際に、当時の鳩山政権が提唱していた東アジア共同体構想を「戦略的愚劣」と表現した。東アジア共同体構想は、当時の日米関係の最大の懸案となっていたという。

 この「戦略的愚劣」という表現は、まさに日本の国家戦略の現状を諷刺するものであり、同氏なりに、国際的共同体構想のあり方について日本に再考を促したものであろう。

 国家が国際的共同体を構想し、または国際的共同体に加盟しようとするときは、当然、その国家の基本的価値が維持されるとともに、安全と繁栄が保証されるものでなければならない。

 現在の日本における国家の基本的価値は、人権の尊重と民主主義の堅持であり、これらを通じて日本の歴史的伝統の保持と日本国民の創造的かつ自由な活動が保障されることであろう。

 国際的共同体への加盟を通じて、こうした基本的価値を維持・確保するためには、当該国際的共同体への加盟国が互いに基本的価値を共有し、それぞれの国内でこれらを確保するための制度的保証がなされていなければならない。そうすることによって、はじめて、共通の価値観と相互信頼に基づいた政治的、経済的共同体の創設が可能となるのである。

 EUが加盟国の条件として、まず、「民主主義、法の支配、人権および少数民族の尊重と保護を保証する安定した諸制度」を有することを求めているのは、まさにこうした考えに基づくものである。

 それでは、東アジアの現状はどうであろうか。中国は共産党の一党独裁国家であり、民主主義は実践されておらず、人権も保障されていない。中国の政治制度は日本の基本的価値とは相容れないものである。東アジアでは、残念ながら、その他の国においても、日本と基本的価値を共有していると言える国は多くはない。

 そうした中で、ただ地理的に近いというだけで、十分な国家戦略もなく、国際的共同体構想を打ち立てることは、かえって日本の基本的価値を脅かし、損ねる結果となろう。それこそが「戦略的愚劣」というものである。政治的、経済的共同化を図るEUのような国際的共同体の創設は、近隣国との友好の維持とは別次元の問題であり、十分な国家戦略に基づいて検討されるべき問題なのである。

 現代は、軍事問題にしろ、経済問題にしろ、環境問題にしろ、あらゆる問題が世界的規模で考えられねばならない時代である。日本の国家戦略も、特定の地域内に限られるのではなく、世界的規模の観点から十分に練り上げられねばならない。その中では、当然、価値観を共有する日米同盟の深化、EU、オーストラリア等の民主国家との連携の強化ということも含まれてこよう。

 明確で正しい国家戦略のあるところ、「戦略的愚劣」は起こりにくい。日本で「戦略的愚劣」が起こるのは、国家戦略が議論されず、おろそかにされているためである。日本の基本的価値を維持・増進するための国家戦略が多くの日本国民によって議論され、共有されるようになることが、今の日本に求められていることではないかと考える。


発表時期:2012年2月
学会誌番号:20号

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