河原論説

急がれる我が国の自主防衛力の確立-米国大統領選の状況から-

河原昌一郎

 我が国の防衛体制は日米同盟を基軸としており、米国への堅い信頼がその基礎をなしている。敵国の侵略に対する抑止力として、一般的に、敵国に制裁的に報復して耐え難い損失を与えることによる制裁的抑止力と、敵国の侵略を意図した攻撃を武力で撃退し得る拒否的抑止力が考えられるが、このうち、我が国は制裁的抑止力をほぼ全面的に米国に依存し、拒否的抑止力についてもその少なからぬ部分を米国に頼らざるを得ない状況である。こうした状況にもかかわらず、我が国でパニックが起こらないのは、我が国国民の危機意識の希薄性もあるが、やはり、米国への信頼が永続的で揺らぎないことによるものであろう。米国は世界をリードする民主国家であり、我が国と価値観を共通にし、我が国を裏切ることはまずないのではないかと多くの日本人は楽観的に考えているのである。実際、これまで、米国の民主主義が永遠であり、米国が今後とも経済的に繁栄した軍事強国であることを疑う人はほとんどなかったとしてよいであろう。

 ところが、2020年11月に実施された米国大統領選では、米国の民主主義へのこうした信頼を大きく揺るがせる事態が展開した。非民主的権威主義国家で行われるような大規模で露骨な選挙不正行為が全米を舞台として実行されたのである。

 郵便投票の広範な実施はその前触れであった。今回の2020年大統領選では、前回2016年大統領選投票総数の47%に当たる6500万人が郵便投票を利用した。郵便投票は実際の投票者を確認できず、以前から不正の温床となっていたため、トランプ陣営は郵便投票の規制を主張したが、バイデン陣営はコロナ対策を理由としてこれを聞き入れず、全米各州で郵便投票が幅広に実施されたのである。

 今回の大統領選挙では、郵便投票に限らず、およそ思いつくあらゆる手段が不正行為に利用された。これまで指摘されているものだけでも、トランプ票の一括廃棄、不正に記載されたバイデン票の一括投票、中国からの偽投票用紙の郵送、投票時に無効なマーカー使用の強要、期限切れ投票の消印日付改ざん、共和党選挙観察員の入場監督の拒否、中が見えないよう窓ガラスを板で覆った集計所での集計、操作可能な違法な集計ソフトウエア(ドミニオン社集計ソフト)の使用等、等、まさに多彩である。

 ここで驚かされることは、全米の多くの州で、こうした選挙不正行為が大規模かつ組織的に、そして周囲の目をほとんどはばからずに堂々と実行されたことである。選挙不正行為は言うまでもなく重大な違法行為であり、こうした行為が堂々と大規模に行われるようなことは、法治主義が正常に機能しているところではあり得ない。こうしたことが起こり得るのは、法の正常な運用を妨げる何らかの巨大で民主主義に敵対的な闇の力が働いているためと考えるほかないであろう。

 さて、この闇の力については、トランプ政権誕生前後から米国ではディープステート(闇の国家)が存在するようになっているという説が唱えられていた。ディープステートとは、ある闇の組織が政府の要所要所に要員(スパイ)を配置して隠れた政府を構成しているというものであり、米国政府の左傾化やトランプ政権の弱体化を企図してきたとされる。

 このディープステートは、従来は根拠が不十分で陰謀論の域を出ないものであったが、今回の巨大な闇の力を目の当たりにし、ディープステートの存在ないしはその力をあらためて実感させられることとなった。

 米国の大統領選挙は州を単位として行われているので、大規模な不正行為があった選挙の結果を適法なものとして押し通すためには、中央と州との双方で強力な組織力と統制力が必要とされる。すなわち、州では州知事、州務長官、選挙管理委員会、郵便局、警察、裁判所といった主要な組織がディープステートのコントロールを受けており、中央では司法省、FBI、CIAといった司法・情報組織にディープステートが深く浸透し、その権力の行使に影響を与えているということである。

 しかもディープステートは政府部内だけでなく経済・金融界にも浸透するとともに、すでに米国の大手マス・メディアやSNS(ツイッター、FACEBOOK等)をも実質的に支配している。このため、今回の大統領選挙をめぐる報道等で見られたように、大多数の国民から国民の自由や権利を守るうえで必要な真実の情報を遮断し、その一方で偽情報を拡散させて世論を誘導することも可能となっているのである。

 こうした強力な力を有するディープステートはもちろん一朝一夕で作り上げられるものではなく、闇の力によって何年もかけて計画的に構築されてきたものであろう。それではこの闇の力の正体は何であろうか。

 現在のところ、この闇の力の正体が十分に明らかにされているわけではないが、いずれにしても民主党左派上層部、グローバリスト金融家、中国共産党(中共)情報組織等が、トランプ政権の転覆、米国での政権簒奪等に共通した利益を見出し、陰で結託した組織であることは間違いのないところであろう。

 ディープステートへの中共の浸透の程度は不明だが、今回の大統領選では中共の関与が少なからず指摘されており、その資金力を活かしてかなり大きな影響力を持つようになっているのではないかと考えられる。また、今回の大統領選の経過からも明らかなとおり、ディープステートの行動・性格は共産主義的、全体主義的であり、米国の民主主義や国民の権利を尊重しない。米国のディープステートは、米国の民主主義だけでなく、民主主義的価値観を共有する我が国や欧州等の諸国にとっても非友好的で敵対的な存在である。

 本稿を執筆している現在では、まだ2020年大統領選の最終的な結果は明らかになっていない。トランプ候補が連任を果たせばディープステートにとっては打撃となろうが、バイデン候補が勝利すれば米国はディープステートに操られ、米国の民主主義はそのうち破壊されるだろう。ただし、選挙結果がどうなろうとも米国政府内のディープステートは完全には除去されず今後とも存続し、米国政府の政策に一定の影響を与え続けていくのではないか。

 米国内に世界の民主主義にとって危険なディープステートの存在が確かめられたことは、米国への信頼を基礎として築かれている我が国の防衛体制に重大な黄信号が点滅するようになっていることを意味する。特に米国が民主党政権である場合は、米中が我が国や東アジア諸国の利益を害するような密約をいつ裏で締結してもおかしくはない。

 2020年大統領選で、まだ当選者が確定していないにもかかわらず、米国の大手マスコミがバイデンの当選確実を報じた後、我が国政府はバイデンに祝電を送り、2020年11月12日に菅総理大臣はバイデンと間で電話会談を行った。同電話会談では、両者は日米同盟の強化で一致し、尖閣諸島が日米安全保障条約第5条の適用範囲であることを改めて確認したという。しかしながら、こうした確認にはほとんど意味がないことは十分に心得ておくべきだろう。現実に米国が約束を履行するかどうか、また履行するにしてもどの程度、どのタイミングで行うのかは有事が発生してみないとわからない。それよりも、こうした確認が我が国国民に安心感を与え危機意識を抱かせないというマイナスの作用があることに留意しておかねばならない。

 我が国は、今後とも日米同盟を基軸とした防衛体制を堅持するほかないが、そうした中で、米国のディープステートの動きには十分警戒し、それとともに自主防衛力の確立を急がねばならない。とりわけ最小限の制裁的抑止力を備えることは不可欠の要請であり、そのための幅広い議論がなされるべきである。また、我が国国内にディープステートは存在しないのか、その洗い出しを進めると同時に必要な防止対策が講じられねばならない。


発表時期:2021年2月
学会誌番号:55号

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