矢野義昭
習近平政権が新たな発展戦略として喧伝する「一帯一路」構想は安全保障・軍事戦略とどのような関連にあるかを、戦区再編後の軍の配備と中国側文献に基づき検証する。
1 中国の海洋戦略の変遷と一帯一路構想提唱の関連
近代以降中国は、西洋列強による海からの侵略に怯えるようになる。特に、首都北京は海に近く、脆弱である。東海は、黄海・渤海、東シナ海、南シナ海の 3 海域からなる。それぞれに、北海艦隊、東海艦艇、南海艦隊が配置されている。
従来は、地政学的脆弱性、米韓軍、在日米軍が首都の近隣に展開しており、首都圏防衛の観点から、黄海正面の北海艦隊と、大陸反攻を封じ領土統一を果たすため武力行使も辞さないとしている台湾正面の東海艦隊を重視してきた。南海艦隊は、1970年頃までは、近くに大きな造船所もなく、比較的整備は遅れていた。
しかし1970年代以降、南シナ海でベトナム、その他の東南アジア諸国との島礁の領有をめぐり紛争が起こるようになると南海艦隊も重視されるようになった。特に近年、経済力が増大するとともに、海岸地域の都市部の防衛と、経済発展を支える貿易、特に原油輸入のためのシーレーン防衛の重要性が高まり、前述したように、マラッカ海峡に通ずる南シナ海の防衛の重要性が相対的に高まっている。
また、海空軍力の増強近代化が進展し、海空軍、第二砲兵(軍改革に伴いロケット軍に格上げ)主体にシーレーン防衛態勢も強化されている。その表れとして米軍が見ている中国の戦略が、米空母打撃群に対し、中国沿岸から約3千キロ以内で領域支配能力を低下させてその接近を遅らせ、約1千カイリ以内の東シナ海、南シナ海への進出を阻止しようとする、接近阻止・領域拒否(A2/AD)戦略である。
中国自らは、近海防御戦略と称して、ミサイルと地上配備の戦闘爆撃機などの威力圏を沿岸部に拡大し、その援護下で水上艦艇、潜水艦などのシーレーン防衛態勢を強化しようとしている。
さらに、2007年の第17回党全国代表者大会において胡錦涛総書記は海軍の任務について、「近海総合作戦能力を向上させると同時に、徐々に遠海防衛型に転換し、遠海機動作戦能力を向上させ、国家の領海と海洋権益を守り、日々発展する海洋産業、海上運輸およびエネルギー資源の戦略ルートの安全を保護する」よう指示している(防衛省防衛研究所編『東アジア戦略概観2016』、109頁)。
このように、遠海防御への転換は一帯一路構想よりも6年前に表明されており、当初から経済発展・エネルギー戦略と一体であった点は注目される。この事実からみれば、一路構想は、海洋権益保護という安全保障上の要請が先にあり、それに応えるため海洋戦略の転換と一体となった発展戦略として打ち出されたものと言えよう。
中国国務院新聞弁公室は『国防白書: 中国の武装力の多様な運用』(『中国
的軍事戦略(2015年5月)』)を発表した。
その中では、領域確保に関連した各軍種の運用について、
①陸軍では、全域機動型への転換、海上の島嶼に駐屯し島嶼を守る国境警備・海上防衛部隊などの機動作戦、陸軍航空部隊、特殊作戦能力の向上などがうたわれている。
②海軍では、遠洋での機動作戦能力、遠洋での非伝統的脅威に協力して対応する能力の向上、戦略的抑止と反撃の能力強化をうたっている。
③空軍では、攻防兼備、偵察早期警戒、指揮・通信ネットワークの整備、空中攻撃、戦略的投下輸送の構築、遠隔空中攻撃能力の向上を重視している。
このように、陸海空軍共に、遠洋での離島に対する統合作戦の実行能力向上に注力している。また陸軍は全域機動、海軍は遠海護衛、空軍は攻防兼備を重視している。
④公安国境警備部隊は、国境・沿海地域と海上の安全や安定の維持、犯罪の取り締まり、緊急救援、国境警備・保安などの多様な任務を担任している。海の国境を越える漁業活動にメスを入れ、海上の治安を保つためのパトロールや法執行を強化し、海上の違法犯罪活動を厳しく取り締まっているとしている。
⑤民兵は、国境警備・海上防衛地域の軍隊・警察・民間による合同防衛、国境の防衛・警備に積極的に参加し、年間を通じて国境線や海上境界線でパトロールしているとしている。
なお、公安・国境警備の部隊は武装警察の系列に組み込まれており、戦時には人民解放軍に協力して防衛作戦を行うと規定されている。また「国境警備、海上防衛、防空面のパトロール勤務を綿密に計画・実施」し、「常に怠りなく戦闘準備状態を維持する」ことを、各軍種を通じて強調している。
このように、中国の海洋戦略は、受動的な沿岸防御戦略から1970年代以降近海防御戦略へ、さらに2007年頃からは、遠海防衛に徐々に転換するとともに、2015年頃からは公安国境警備部隊・民兵を一体化した軍民融合による海域の防衛警備態勢を固めようとしている。
近海防御戦略では、3海洋正面の中で、中国の海上交易路、シーレーンが集中
し、かつ水深が深く原潜の展開が可能で、敵対国が数多くの小国に分断された、南シナ海正面、南海艦隊を重視している模様である。
また習近平政権は一路政策を掲げており、海のシルクロードを守る、南シナ海正面は重要性を増している。それが、中国が国連海洋法条約に違反して、南沙諸島での岩礁埋め立て、滑走路増設などの強硬策に出た背景とみられる。
海域としてその次に重視されているとみられるのは、東シナ海正面と見られる。その理由は、①一帯一路の出発点となる後述する港湾群、都市群の翼側を在日米軍から守るため、及び②将来の台湾統一のための武力行使に際しての、武力による威嚇、台湾海峡の海上優勢確保、着上陸作戦支援、米空母の介入阻止などの目的のために、東シナ海が戦略的に重要正面であることにある。
近年の尖閣諸島周辺空域での活動の活発化、対日・対米航空先制を容易にするためとみられる2013年の「防空識別圏」の一方的な設定、日中中間線付近での海底ガス田開発のための洋上施設の増設など、一連の中国の東シナ海支配拡大への動きが活発になっているのも、東シナ海重視の表れと言える。
海底ガス田の洋上施設には、対潜用ソナー、対空レーダ、ヘリと無人機の離発着場、通信傍受施設などの、軍事・諜報関連の施設を設置している可能性が高い。
黄海正面は、朝鮮半島との連携が不可欠である。北朝鮮の核・弾道ミサイル保有と米朝関係の改善、北朝鮮内部の混乱などに備え、北部戦区の地上軍の近代化、特に統合機動作戦能力を強化し、緊急時の迅速な対応、海空軍と連携した長距離機動作戦に備えている。
2 一帯一路と中国国内の戦略配置との関連
一帯一路構想と中国国内の軍改革後の5個戦区態勢との関連について分析する。なお、中国軍の全般配置については、米国防総省議会報告『中華人民共和国を含む軍事力と安全保障の発展(US DOD, ANNUAL REPORT TO CONGRESS: Military and Security Developments Involving the People’s Republic of China 2017, p.23, p.26, p.30)』による。
ア 海上戦略との関連
その中で特に注意を要するのは、最後に挙げられた、沿海部の港湾の多くが、海軍の軍港と重なり、青島、寧波、湛江はそれぞれ北海・東海・南海艦隊の司令部が所在し、これらの艦隊は軍改革により、北部、東部、南部戦区に割り当てられた点である。
これに応じて、①北部戦区には、青島、天津、烟台、大連、②東部戦区には、上海、寧波・舟山、及び台湾正面の福州、厦門、泉州、③南部戦区には湛江、広州、深圳、汕頭、及び南シナ海正面の海口、三亜の諸港湾、軍港が位置している。
中でも、後述するように各戦区陸軍司令部が、北部は斉南、東部は福州、南部は南寧付近と、いずれも軍港地帯の背後に控える海岸に近い要域に配置されている点である。
それぞれ黄海、東シナ海、南シナ海での海空作戦、着上陸作戦など統合作戦の指揮運用が容易な位置に配置されている。この点は、海上権益の確保とそのための統合作戦を重視している、習近平政権の軍事ドクトリンに合致している。
また、「重点港湾を、安全で高効率な輸送の大回廊の結節点として建設する」としている一路の基本方針が、海軍の基地群と一体で中国国内では整備されていることを示している。
これら国内の基地群は、中国沿海部の港湾から南シナ海に至る「近海」を防御するとともに、それぞれ、①インドに至る航路を欧州に延伸する航路と、②南太平洋に至る航路を遠海に至るまで「護衛」する任務をもっているものと思われる。
また近年の活動状況(防衛省『平成29年版防衛白書(PDF 版)』 図表I-2-3-4(わが国周辺海域における最近の主な中国の活動))から、各艦隊の任務は、遠海警護に重点が移っているとみられる。
すなわち、①北海艦隊の任務は、黄海・日本海の防御のみではなく、オホーツク海から北極海の護衛にも拡大され、②東海艦隊の任務は、東シナ海の防御から日本の南西諸島を経て中部太平洋に拡大され、③南海艦隊は南シナ海の防御とともに、南シナ海~インド洋~欧州、及び南シナ海~南太平洋に至る海域の護衛を任務としているのかもしれない。
このうち、南シナ海は、当初から一路の戦略的分岐点として重視されていることから、米国の海洋権益と正面から衝突する北部・中部太平洋、ロシアとの対立を招く恐れのあるオホーツク海から北極海への進出よりも重視されていることは明らかである。
その意味では、南海艦隊の役割は大きく、中国の南シナ海の岩礁の軍事基地化の背景理由ともいえる。また、米露の海洋権益に正面から挑戦することになりかねない、中部・北部太平洋、オホーツク海から北極海への進出は抑制されるのではないかともみられ、今後の中国の動向が注目される。
なお、南シナ海の軍事基地化の必要性について、軍事的視点から見た場合、戦略的要域であるにもかかわらず、南シナ海のみが中国本土のCSS-6、CSS-7などの短距離弾道ミサイルにより掩護されていないという点が挙げられる(『中華人民共和国を含む軍事力と安全保障の発展』、p.32)。
イ 西部戦区との関連
西北6省区の中心都市とされた西安、寧夏、蘭州、西寧のうち、西安は中部戦区だが、他の諸都市は西部戦区に所属し、成都には西部戦区司令部、蘭州には西部戦区陸軍司令部がある。西部戦区には3個集団軍があるが、1個はチベット正面の重慶、他の2個は旧蘭州軍区にある。
これらの諸都市は古都西安から西域と呼ばれた新疆、中央アジアに通じる一帯の主要ルート沿いの要点である。少数民族の中心都市が多く、これらの都市は治安維持の要ともなっている。
しかし、テロ活動が多発しており、中央アジア方面と有力な友好国であるパキスタンに通じるパキスタン回廊との分岐点となる新疆は、一帯最大の戦略要域でもある。
その重要性に比べ、軍の配備が手薄とみられるのは、治安重視の表れと同時に、一帯構想が陸地国境を接する中央アジア、パキスタンなどの周辺国に脅威感を与えるものではないとする、中国側の平和的発展をアピールしようとする政治的配慮を反映したものとい言えるかもしれない。この点は北部戦区のロシア、モンゴル正面と同様と言えよう。
西部戦区の担当範囲は広大で兵力密度も薄く、2正面に分離している。武装警察を主体とする対テロ作戦に重点を置いているとみられる。空軍は成都付近に戦区空軍司令部、重慶と銀川に各1個F/G(戦闘/対地攻撃機)師団と成都に1個輸送師団、ウルムチ付近に1個飛行基地が配備されている。
薄熙来事件の舞台となった重慶市は、経済開発では東部・中部戦区内の諸都市との連携が謳われながら、西部戦区に組み込まれている。
なお、成都には核兵器の保管施設があり、蘭州には核実験場その他の核関連施設がある。核兵器を一元的に管理するために、西部戦区として再編したのかもしれない。
ウ 北部戦区との関連
内モンゴルはモンゴルからロシアへ、東北3省は極東ロシアに通じるルートの要域とされている。これらは北部戦区に属するが、戦区司令部は瀋陽に置かれている。
北部戦区の集団軍は4個あるが、うち1個と戦区陸軍司令部は黄海対岸の旧斉南軍区に配置されている。
空軍は、海軍1箇所を含む爆撃機基地が2箇所、海軍1個を含む8個F/G師団からなる、全戦区最大規模の航空戦力が配備されている。そのうち海軍航空師団個と4個F/G師団は旧斉南軍区に配備されている。
米・韓・日の航空戦力に対抗することを意識した配備になっているが、対露正面に対しては後退配備になっている。
また配備が黄海沿岸に集中しており、朝鮮半島と東シナ海方面からの脅威に対し北京・天津地区を防衛する態勢になっている。この点は、陸軍の中部戦区に類似している。なお、空軍基地が大連、海軍航空師団が青島付近にあり、黄海と北京・天津地区警護任務を持っているとみられる。
旧斉南軍区青島西方の1個集団軍は錦州の1個とともに北方艦隊の基地防護と朝鮮半島及び東シナ海での統合作戦に備えたものとみられる。戦区陸軍司令部が斉南にあるのも、統合作戦重視の表れであろう。
東北3省にある3個集団軍は長春、瀋陽、錦州付近に配置され、空軍と同様に、極東ロシアに対しては後退配備になっている。内モンゴルにも配備はない。この配備からみて、ロシア、モンゴルとの間で、信頼醸成措置として戦力を前方配備しないとの合意があるのかもしれない。
戦区司令部は瀋陽にあり、長春と瀋陽の集団軍は、朝鮮半島正面からの北朝鮮、韓国、日米などの脅威に備えたものとみられる。戦区空軍司令部も瀋陽にあり、3個F/G師団も北朝鮮国境近くに配備されている。北部戦区にとっては、半島混乱時の難民流入の阻止も重要任務であろう。
旧瀋陽軍区は中央からの独立性が強く、長大な国境を守る必要もあり、人民解放軍の7割とも言われるほどの強大な戦力を保持していた。その上北朝鮮の利権を押さえ、北朝鮮の核開発を支援してきたとも言われている。
旧瀋陽軍区は、長らく江沢民派の牙城であった。習近平は、軍の腐敗一掃を名目に、制服軍人ナンバー2の地位にあった徐才厚などの江沢民派を粛清し、瀋陽軍区の力を削ごうとした。軍改革でも旧瀋陽軍区を分断することを狙ったが、結果的には内蒙古全域を含めるなど、北部戦区として肥大化させている。
旧瀋陽軍区に戦区陸軍司令部を置かなかったのも、力を削ぐための策であった側面もあるのかもしれない。空軍も主力は黄海正面に置かれている。旧瀋陽軍区の配備兵力は全体の2割以下に低下しているとみられる。
ロシア、モンゴルとの関係は軍事態勢上も安定していることが窺われ、一帯一路の重要ルートとして発展の可能性はある。しかしモンゴル・シベリアから欧州に至る進出はロシアの領内への本格的な中国の人、企業、資本の浸透を意味する。
ロシア側の中国の進出に対する警戒感はすでに高まっている。バイカル湖以東のロシアの人口は620万人程度とみられ、そのうえ人口流出が続き止められない状況になっている。
その人口希薄な地域に、毎年約百万人以上の中国人が出稼ぎなどで進出しており、シベリアや極東の経済は中国人労働者や資本なしには成り立たなくなっているとも言われている。
このような状況下で、ロシアが中国の進出をシベリアや極東の領域防衛や治安維持の観点からみても、どこまで許すのかは疑問とせざるを得ない。
モンゴルでも豊富な埋蔵資源の利権を買いあさる中国資本の進出への警戒感が高まっている。
これらの非軍事的要因も考慮すれば、モンゴル・ロシアルートの発展は予断を許さないと言える。
2018年の金正恩の訪朝に象徴される中朝関係の改善と南北接近が続けば、北朝鮮から韓国に至るルートが現実味を帯びてくるかもしれない。その場合は、北部戦区の軍事態勢も変化するであろう。
エ 東部戦区との関連
東部戦区内には、合肥、南昌などの内陸開発の拠点都市が含まれている。また、東海艦隊の軍港・港湾群が所在する。戦区司令部は南京にある。
陸軍は戦区内の北部の徐州、上海に近い杭州、台湾対岸の泉州付近に計3個集団軍が配備され、陸軍戦区司令部は台湾対岸の福州に置かれている。台湾を威嚇しつつも、東海艦隊と上海地区の防護を重視した態勢をとっている。
また集団軍司令部はいずれも海岸に近い要域にあり、海空軍との統合に力点を置いた前方配備になっている。
空軍司令部は合肥付近にあり、合肥周辺と上海周辺に、1個爆撃機師団、1個空軍基地、海軍2個含む4個F/G師団が配備されている。航空戦力は東部戦区と連携し、東シナ海正面を掩護する態勢をとっている。
意外に台湾正面の空軍戦力は手薄である。南昌と南部戦区の汕頭付近に各1個F/G師団が配備されているに過ぎない。習近平政権が唱える台湾の「和平統一」を軍事態勢で示すという意図かもしれない。
あるいは、航空戦力は平時には台湾側の奇襲を回避するため後退配備しておき、緊急時には直ちに台湾正面に航空戦力を集中できるという自信の表れとみることもできる。なお、台湾対岸にはF/G用などの掩体が約120カ所確認されている。
中台関係が緊張すれば、陸軍を主に台湾正面への戦力集中が行われ、F/Gの前
方展開の兆候が出てくるとみられる。
オ 南部戦区との関連
西南正面の昆明、南寧はいずれも省都であり、チベット・インド半島に至るルートの後方を支える拠点都市である。広東は香港を直接制する要域である。戦区司令部は広東にある。
陸軍戦区司令部が南寧付近に、集団軍司令部は、広東、柳州、昆明付近にある。広東に戦区司令部があり、南寧、広東、柳州も南海艦隊などとの南シナ海正面の統合作戦を支えることに重点を置いた前方配置と言える。
南寧の集団軍司令部は、海南島の海口、三亜にも近く、南シナ海での統合作戦指揮と、チベット・インド半島の作戦指揮の両正面の任務を兼ねているとみられる。
昆明はチベット・インド正面に備えた配置と言えよう。しかし配備密度は薄く、担当正面が広大で、チベット・インド半島正面は、西部戦区と同様に、武装警察など治安部隊の担当正面になっているとみられる。
柳州の集団軍は昆明南方の空軍1個F/G師団と共に、東南アジア特にベトナムに備えた配置とみられる。東南アジアルートも一帯一路の重要ルートの一つであり、戦略正面としても重視されている。
空軍は司令部がマカオにあり、1個爆撃機師団、1カ所の空軍基地、海軍2個を含む6個F/G師団が配備されている。海軍の2個師団は海南島に、空軍の2個F/G師団と基地も南シナ海正面に前方配備されており、南シナ海での「攻防兼備」の作戦に即応できる態勢をとっている。
南シナ海のミスチーフ、スービ、ファイアリー・クロスの各岩礁には、3000m級の滑走路、水と燃料の保管施設、港湾施設が整備されている(『中華人民共和国を含む軍事力と安全保障の発展』、13~15頁)。ある程度の持久が可能な態勢がとられており、これらに、南部戦区の海空戦力がいつ、どの程度配備されるかが注目される。
南シナ海は一路の集中する最重要海域であり、南シナ海岩礁の軍事基地化と連携し、南部戦区の軍事態勢も攻勢的な前方配備をとっており、陸海空の統合戦力も集中されている。
今後は「遠海護衛」戦略の拠点としても、南海艦隊と共に南部戦区の軍事的価値はますます重大になるものとみられる。
カ 中部戦区との関連
戦区への再編について、最も注目されるのは、中部戦区である。中部戦区司令部は北京にある。
中部戦区には5個の集団軍が配置され、武漢には唯一の1個空中機動軍団が配置されている。
陸軍戦区司令部は太原付近にあり、集団軍司令部は、張家口、石家荘、太原、邯鄲、鄭州付近に配置されている。
いずれも北京に通じる侵攻路を制する戦略的要域である。このような要域の各正面に計5個の集団軍を配置していることは、北京の中央政府がいかに陸軍を手元に置き掌握しようとしているか、逆に言えば軍の反乱を恐れているかを示唆している。
空軍司令部は北京にあり、戦区には1個爆撃機師団、3個F/G師団、2個輸送師団が配備されている。輸送師団が3個中2個配備されており、空中機動軍団と共に戦略機動力の充実が図られている。
3個F/G師団は北京周辺に配備され、北京警護の任務を持っているとみられる。
中部戦区の態勢は、軍事戦略の視点から見れば、機動力のある戦略予備を中央に拘置し、有事には主な作戦正面に戦区を超えて機動させ、戦略的集中を図るとの狙いに基づくものとみることができる。
『国防白書: 中国の武装力の多様な運用』(『中国的軍事戦略(2015年5月)』)
でも、陸軍の運用方針として、全国的な戦略機動を可能にする「全域機動型への転換」が重視されている。装備面でも戦略機動力の強化が図られ、「跨越演習」が重点的に行われている。
一帯一路との関連で見れば、中部戦区は、陸路の一帯と海の一路という統一的発展戦略と、陸海空軍の統合軍事戦略を、「総合安全保障観」に立ち、企画し指揮運用する、最高意思決定中枢を直接警護する任務を持っている。
それと同時に、有事には、党最高指導部の意向に従い、重要正面に戦略機動をして戦力を集中し、事態をその意向に従い方向づけねばならない。一見、それに必要な戦力と態勢はとられているように見える。
しかし、一帯一路という遠大な目的を達成するための十分な戦略予備戦力と言えるかについては、戦略空輸能力などに疑問がある。
また、中部戦区へ過度に陸軍戦力を拘置している態勢からは、対外的な発展を支えるというよりも、国内での治安維持や反乱抑止を重視しているようにも見受けられる。
対外的に、特に陸地正面の周辺国や遠方の諸国に対し、一帯一路を平和的な発展戦略としてアピールする必要性があることもそれを裏付けている。
キ 全般的戦略態勢から判断される中国の戦略的企図
全般的態勢から判断すれば、東シナ海から黄海正面の米軍に対する戦略守勢を最重視し、攻勢的態勢としては南シナ海正面、次いで朝鮮半島正面、ベトナム正面を重視する態勢をとっていると言えよう。
ロシア・モンゴル、中央アジア正面は信頼醸成を重視して後退配備し、西方・新彊とチベット・インド半島正面は治安維持を重視していると言えよう。
軍改革では、党の絶対的指導に従い、党中央軍事委員会の一元的指揮統制の下、規律厳正で即応性に富み、効率的で統合された「戦って勝てる軍」への転換が重視されている。
戦区への再編もそのような方向でなされており、一部には政治的思惑が反映されている面もあるが、部隊配置などを見ても、おおむね一帯一路の発展戦略と整合されていると言えよう。
しかしその実態はまだ全般的には戦略守勢や国内向けが主であり、軍事的に直接掩護できる態勢にはなっていない。
一帯一路構想において平和的開放、共存共栄を強調しているのも、国内経済の需要喚起や余剰生産品の対外的な市場拡大、インフラ整備の資金不足補填といった、自らの問題解決のための便法でもあることから、融和的姿勢をとらざるを得ないというやむを得ない事情もあると思われる。
もし国内経済の行き詰まりを打開し、昨年の党大会で習近平総書記が宣言したように、強軍思想に基づき今世紀半ばに世界一流の軍隊が建設されるようになれば、融和的姿勢は捨てられ、一帯一路が変質し軍事的覇権拡大のルートとしての性格を強めるであろう。そのことを周辺国は見抜いており、警戒を容易には緩めないとみられる。
3 一帯一路にみられる戦略的狙いとその将来
一帯一路構想には、対外的には、経済面を主にした協力を表に出しているが、国内的には、少数民族の土地を再開発して漢族と外資で支配し、治安を改善するとともに国境警備や辺境防衛の態勢を有利にしようとする意図が垣間見られる。
内陸部の都市についても、蘭州、西寧は新疆ウィグル正面、成都はチベット正面、武漢、長沙、南昌、合肥はいずれも長江流域の戦略的要衝である。長江流域からは台湾、チベット、雲南いずれの正面にも進出が容易である。東北3省は瀋陽などロシアと朝鮮半島に対する軍事的要衝でもある。
これらの戦略的要衝は、前述した7個軍区の5個戦区への再編に当たっても、軍事地政学の見地からも十分に検討され、一帯一路戦略との整合が図られている。
また、海上の一帯一路の出発点とも言える、上海、天津、寧波・舟山、青島、烟台、大連はいずれも東海艦隊や北海艦隊の軍港地帯でもあり、しかも在韓、在日米軍、自衛隊などから海空戦力による脅威を受けやすい戦略要域でもある。
東シナ海での一方的な日中中間線付近での海底油田の掘削施設の増設も、防空識別圏の設定も、これら港湾、都市群に対する日米の海空脅威に、できるだけ前方で対処するための措置とみられる。
広州、深圳、湛江、三亜、海口などにも、南海艦隊の根拠地となる海軍基地群が所在する。海のシルクロードはこれらの港湾の重点港湾としての機能強化をうたっており、軍港の機能もそれに伴い強化されるであろう。
またシーレーンの航行船舶を多国籍化することにより、中国沿岸部の脆弱なシーレーンへの攻撃に対する抑止力を間接的に強化しようとする狙いもあるとみられる。
『一帯一路グローバルな発展のための中国の論理』によれば、ロシア、モンゴル、アフガニスタン、韓国、シンガポール、タイ、マレーシア、インド、サウジアラビア、フランスなどが、賛意を示したとされ、「中国国内でも国際的にも巨大な反響を呼んだ」と自賛している。
しかし、中国が提示した各経済回廊も、見方を変えれば敵対関係になれば軍事的侵略路にもなりかねない。対中警戒心を崩していないとみられる、ロシア、インド、モンゴル、東南アジアなどの周辺国が、中国との開放的な政策を歓迎し、大規模な輸送網建設へのインフラ投資に簡単に乗り出すとは思われない。
国内でも、少数民族はむしろ新たな漢族による支配拡大の企みとして警戒を強めるのではないかと思われる。
ロシアとは現在緊密な関係が築かれ、軍事態勢上もそのことは対露後退配備に表れている。
しかしロシアは、中央アジア諸国とは旧ソ連時代から武器輸出、エネルギー確保などで緊密な関係を築いてきた。一帯一路が重視する、新疆から中央アジア諸国への陸のシルクロード沿いの中国の進出は、ロシアの影響圏である中央アジアへの、中国の影響力拡大を意味する。
経済規模が中国の8分の1程度に過ぎないロシアとしては中国の影響力拡大を黙認せざるを得ないかもしれないが、決して歓迎はしていないとみられる。ロシアはAIIBへの参加にも積極的ではなかった。
また中央アジアは、印露間の武器、エネルギーなどの交易の中継地域としても、戦略上重要な意義を持っている。そのため、中央アジアへの中国の進出に、印露両国は警戒を強めているに違いない。
東北3省・モンゴルや新疆、チベット正面の兵力配備を手薄にしても、安定的した真の信頼醸成につながるとは思われない。中印間では2017年にも国境紛争が再燃している。
南アジア正面には地域大国のインドが控え、東南アジア正面では南シナ海で厳しい対立関係にあるベトナムが存在する。このように、中国の一帯一路の陸上正面の進出は、どの正面をとっても周辺大陸国との軋轢を招きかねない。
陸のシルクロードの発展には膨大な資金と高度の技術が必要だが、印露も含め、周辺国にその余力のある国はない。日米はAIIBに参加する見込みは当面ないであろう。
中國としては、支援を受けるには、周辺諸国の対中警戒を解き、領土問題などを再燃させることなく、安定的な関係を築く必要がある。しかし、そのような安定的関係の構築は、どの正面でも容易ではない。
陸のシルクロードの発展があまり期待できないのであれば、それを補うために、安価に大量一括輸送が可能な海上貿易への依存度はいっそう増大することになる。その結果、中国の沿岸部に通じるシーレーンの翼側を守る、東シナ海と南シナ海の防衛警備は、ますます重要になるであろう。
一帯一路はもともと中国の経済発展に伴い拡大した、貿易や資源エネルギーのシーレーンを防護するという戦略的目的から、遠海護衛とそれを補完するための一路構想が先行して出てきたものであった。
一路の中でも特に南シナ海とマラッカ海峡の脆弱性が意識され、その代替路として陸路の一帯が提唱され、さらに内陸部の開発のためのインフラ投資に国外資本を呼び込む狙いと重なり、統合して一帯一路構想として提唱されたものとみられる。
質の悪い余剰生産品の累積とそれを生み出した国営企業の非効率は改められず、余剰資金が不動産など投機に回りインフラ投資など生産性の向上に必要な資金は不足し、人口の高齢化と労働力不足、格差拡大により国内需要は伸び悩んでいる。
これらの諸要因が重なり、中国経済は成長の鈍化という「新常態」、さらにはマイナス成長という危機に直面しているというのが実態であろう。
これを打開するために党中央が打ち出した、総合安全保障観に基づく、軍事戦略と一体の発展戦略が一帯一路構想であろう。
しかし、日本や東南アジア諸国に対する中国の海洋正面での力を背景とする現状変更の動きは、一帯一路という美名の陰に隠された戦略的意図をあからさまに示しており、周辺国の警戒を招き、一帯一路の実現を遠のかせる結果になるとみられる。
一帯一路構想の核心である、東シナ海、南シナ海~マラッカ海峡~インド洋における中国の強硬姿勢は、死活的国益がかかっている以上、戦術的な一時的緊張緩和はあっても、今後も根本的に緩和されることはないであろう。
しかしそれは日米、東南アジア、豪州、インドなどの警戒を招き、一帯一路構想のインフラ投資資金の不足などを招き、構想の実現を妨げる結果になるであろう。
(この論文は、JBPress<jbpress.ismedia.jp/category/jbpress>に掲載したものを転載したものです。)