矢野論説

中断に終わった米朝首脳会談の背後に秘められた米国の戦略―総合的なソフトパワーによる金独裁体制打倒か?―

矢野義昭

 ハノイで2月27日と28日の2日間開催される予定だった第2回目の米朝首脳会談は、会談2日目に予定よりも早く中断された。「決裂」とみる向きもあるが、必ずしもそうとは言えない。なぜなら、米朝両政府とも米朝協議の継続意思を明らかにしているからである。

 マイク・ポンペオ米国務長官はハノイから次の訪問先マニラに向かう機中で記者団に「(米朝)双方が態勢を立て直すには少し時間が必要になると思う」と語り、非核化に向けた本格協議再開には一定の時間を要するとの認識を示した。

 ただ、米ホワイトハウスによると、ドナルド・トランプ氏が日韓両首脳との電話協議で金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長(朝鮮労働党委員長)との会談内容を説明し「対話を続ける」と述べたと明らかにしている(『毎日新聞』2019年3月1日)。

 朝鮮中央通信は3月1日、金正恩委員長とトランプ米大統領が前日にハノイ市内のホテルで1対1の会談と拡大会合を行ったとしながら、「両国間で数十年間続いた不信と敵対の関係を根本から転換していく上で重大な意義を持つということで認識が一致した」と伝えた。

 同通信は、首脳会談で双方は初の米朝首脳会談で発表したシンガポール共同声明の履行に向け大きな進展があったことを高く評価した後、「朝米(米朝)関係の新たな歴史を開いていく旅程でやむを得ない難関と曲折があるが、互いに固く手を結び知恵と忍耐を発揮してともに進めば、朝米関係を画期的に発展させることができるという確信を表明した」と伝えた。

 そのために「生産的な対話などを引き続き行っていくことにした」と付け加えた。また、金委員長がトランプ氏の努力に感謝の意を述べた後、「新たな再会を約束し、別れのあいさつを交わした」と伝えた(YONHAP NEWS、2019年3月1日)。

 しかしそうであるなら、「決裂」とも言える、何の合意に達することもないまま会談を打ち切るような行動に、米朝首脳は踏み切ったのであろうか。その背景には米朝双方の事情があったはずであり、それでも協議を継続しなければならない理由もまた双方になければならない。

会談前は期待の高かった第2回米朝協議

 金正恩委員長は、今年の「新年の辞」の中で、3度に及ぶ北南首脳会談は「北南関係が完全に新たな段階に入った」ことを示したと、その成果を強調している。

 また「歴史的な初の朝米首脳対面と会談は、地球上で最も敵対的だった朝米関係を劇的に転換させ、朝鮮半島と地域の平和と安全を保障するうえで大きく寄与しました。6.12朝米共同声明で明らかにしたように、新しい世紀の要求に合う二国間の新たな関係を樹立し、朝鮮半島に恒久的で強固な平和体制を構築して完全な非核化へと進もうというのは、わが党と共和国政府の変わらぬ立場であり、私の確固たる意志です」と述べている(「新年の辞」の訳は、『高麗ジャーナル』2019年1月5日による。以下同じ)。

 このように金正恩委員長自ら、第1回目の米朝首脳会談の成果を強調し、「朝鮮半島の非核化」への意思を表明していた。

 今年2月28日付の『ソウル聯合ニュース』は、韓国政府が、今回の米朝首脳会談の結果が南北関係の発展の追い風になると予想し、各方面で準備を進めていたと、以下のように報じている。

 米朝首脳会談後に開城工業団地の再稼働や金剛山観光事業の再開に加え、南北の鉄道・道路の連結、山林協力など南北交流・協力事業を本格的に推進する計画だった。

 そのために韓国は米朝首脳会談の開催に先立ち、北朝鮮と米国の双方と会談と関連した協議を進め、米国や国際社会とは制裁緩和問題について協議してきた。

 南北は最近北朝鮮・開城の南北共同連絡事務所を通じ、鉄道・道路に関する資料をやり取りし、連結事業のための努力を続けていた。

 文在寅(ムン・ジェイン)大統領は米朝首脳会談を2日後に控えた25日、「朝鮮半島の運命の主役はわれわれ」と述べるとともに、「歴史の隅ではなく中心に立ち、戦争と対立から平和と共存へ、陣営と理念から経済と繁栄へと進む新朝鮮半島体制を主導的に準備する」と表明し、南北経済協力を積極的に推進する可能性を示唆したと報じられている。

 しかし河野外務大臣は衆議院外務委員会で、第2回の米朝首脳会談について、事前の米朝実務協議の段階で、「『なかなか進展はむずかしい』ということを日米で共有していた」と述べている(『NHK NEWS WEB』2019年3月8日)。

 米側は実務協議段階から、合意は難しいとみていたのであり、首脳会談でも当初から対立点は米朝双方に認識されていたことになる。韓国がそれを承知していたとしても、文政権としては、南北の融和と経済協力への期待を表明せざるをえなかったのかもしれない。

食い違う米朝の主張する首脳会談打ち切りの理由

 会談2日目、何の具体的合意に達することもなく、会談は打ち切られた。会談の経緯について、3月3日日付の米紙ニューヨーク・タイムズは、米朝首脳再会談の舞台裏について以下のように報じた。

 同紙によると、金氏は会談初日の27日夜、夕食会場到着の直後、寧辺の核施設廃棄と引き換えに、2016年以降に国連安全保障理事会が採択した制裁決議5件の解除を提案。トランプ氏は全ての施設を廃棄するよう求めた。

 全ての核施設の廃棄を求めるトランプ米大統領に対し、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長は信頼関係が不十分だとして抵抗し、意見が対立していたという。複数の交渉参加者の話としている。

 しかし、首脳会談が中断された理由については、米朝双方の主張が異なっている。

 中断の理由について、トランプ大統領は概略、以下のように述べている。

・アメリカが望んだ非核化についてある程度は認める用意があったようだが、我々が求めているレベルではなかった。

・北朝鮮は完全な経済制裁の解除を求めてきたが、アメリカはそれに応じることはできない。我々は何も譲歩していない。

・寧辺の核施設の廃棄だけでは十分ではない。アメリカはより多くを求めている。アメリカとしては制裁を解除したいという気持ちはあるが、そのために今回の条件は飲めなかった(『BuzzFeed JAPAN』2019年2月28日)。

 それに対し北朝鮮側は、韓国の聯合ニュースなどによると、28日から1日にかけての深夜に李容浩(リ・ヨンホ)外相と崔善姫(チェ・ソンヒ)外務次官が異例の記者会見を開き、反論した。

 席上、北朝鮮の李外相は「(首脳会談での交渉で)国連制裁の一部、民需経済や人民生活に支障をきたす項目の制裁を解除すれば、寧辺(ニョンビョン)の核のプルトニウムとウランを含む全ての核物質生産施設を米国の専門家らの立ち会いの下で完全に廃棄すると提案した」と主張。

 具体的には、国連安保理制裁11件のうち2016~17年に採択された5件を挙げた。加えて、核実験や長距離ミサイル実験を永久に中止するという確約を文書で出す用意があることも伝えたという。

 しかし、米国側は「寧辺核施設の廃棄措置以外、もうひとつ(非核化への措置を)取らないといけない」と主張し、合意に至らなかったと説明した。

 同席した崔善姫(チェソニ)外務次官は「米国は千載一遇のチャンスを逃した」と批判した。これに対し、米ホワイトハウスのサンダース報道官は「北朝鮮側の主張は把握している」としたうえで、それ以上の言及は避けた(『毎日新聞』2019年3月1日)。

 3月4日の韓国聯合ニュースによると、ボルトン補佐官は『FOX ニュース・サンデー』とのインタビューの中で、米側の要求について「トランプ大統領はビッグディール、つまり非核化を一貫して要求した。核と生物・化学兵器、弾道ミサイルを放棄する決定をしろとした」と語った。

 これが、米トランプ政権が要求する「北朝鮮の非核化」の内容であることが明確になった。この点が、実務者レベル協議の段階から合意できなかった点と思われる。

 河野太郎外務大臣も2月28日の外務省での臨時記者会見で、「合意に至らなかったのは残念」としつつ、「トランプ大統領が北朝鮮の完全な非核化,さらにあらゆる射程のミサイルの廃棄といったことを引き続き要求し,北朝鮮が残念ながらそれに今回答えることができなかったということであります」と答えている。

 米朝いずれの主張が正しいかについては、直接的な証拠はない。ただし、トランプ政権の要求が、生物・化学兵器・弾道ミサイルの廃棄まで含めて要求するものであったとすれば、「安全の保障」を非核化の条件としてきた北朝鮮側にとしては、完全な武装解除に等しい要求ととらえ、拒否したものとみられる。

 その意味では、トランプ政権側が北朝鮮に対する要求を「釣り上げた」と言え、それが今回の会談中止の大きな原因と言えよう。北朝鮮側としては、第1回目の首脳会談での合意を逸脱した要求は飲めないとの姿勢を示すため、席を立ったというのが真相ではないかと思われる。

 しかしだからと言って、米朝交渉が決裂したわけではない。冒頭に述べたように、米朝両首脳とも交渉継続の意思を明示している。また、米朝両政府とも会談は「決裂」や「失敗」ではなく、「成功」だった、「成果はあった」と主張している(ただし、北朝鮮は3月7日以降、対米警告策に出ている)。

 ボルトン米大統領補佐官(国家安全保障問題担当)は3月3日、CNNテレビなど米メディアのインタビューに応じ、2月末の米朝首脳再会談に関し、トランプ大統領を擁護した。「米国の国益を守ったので、紛れもなく米国にとって成功だった」と述べた。

 同会談に関しボルトン補佐官は、「将来の明るい経済のために、北朝鮮が完全な非核化のための取引に応じる可能性があった」と指摘。一方で、「トランプ氏が北朝鮮との悪い取引を拒否した」「失敗だったと思わない」と述べ、物別れに終わった今回の判断の正当性を訴えた(『共同通信』2019年3月4日)。

 河野外務大臣も3月1日の外務省での記者会見で「トランプ大統領の決断を,日本として全面的に支持していきたい」との意向を示している。

北朝鮮の完全非核化への実質的進展はまだない

 米側の最大の不満は、今回の北朝鮮の提案が、北朝鮮の完全非核化への実質的進展を約束したものではないという点にあるとみられる。

 一般に、非核化に至るには、以下の4段階を経なければならない。

①すべての核兵器とその運搬手段の実験の凍結

②すべての関連施設についてリストを提出し申告

③それらのすべての施設の査察を受けて非核化を検証

④すべての設計図、関連施設、既存の弾頭とその生産能力、核関連物質、機械設備等を破壊または国外に持ち出し、従事していた科学技術者の平和目的の産業分野への移転などの措置を実施するとともに、その後も継続監視

 さらに米側は、生物・化学兵器の廃棄や弾道ミサイルの廃棄も要求している。

 これまで、確かに、北朝鮮が核とミサイルの実験を凍結してきたのは事実である。今年1月の「新年の辞」においても金正恩委員長は、「我々はすでにこれ以上、核兵器を作りも試験もしないし、使用も伝播もしないということについて内外に宣言し、様々な実践的措置を取ってきた」と、製造、実験、拡散をしないとの意思を表明していた。

 昨年5月には、豊渓里(プンゲリ)の核実験場の坑道が外国人記者団の前で爆破され、昨年8月には東倉里(トンチャンリ)の西海(ソヘ)衛星発射場の一部の解体が始まったことが衛星写真により確認された。核実験もミサイルの発射試験も一昨年12月以降行なわれていない。

 これらの北朝鮮側の行動は、一見非核化への行動のようにみえるが、実質的な非核化に向けた行動とは評価できない。

 核実験は6回も行えば、その後の核開発に必要なデータをとることはできる。印パ両国とも6発の核実験しか行っていない。

 また坑道の破壊についても坑口付近のみで、核実験場の最重要部である坑道深部の爆破地点付近の破壊を伴っておらず、専門家の立ち入りも認められなかった。そのため坑道はいつでも修復できるとみられる。

 今年1月29日、米政府の情報機関を統括するダン・コーツ国家情報長官は、上院情報特別委員会の公聴会に出席し、「北朝鮮の政治指導者は体制存続のために核兵器がきわめて重要だとみている」と述べ、北朝鮮が核兵器を放棄する可能性は低いとの見方を示した。

 コーツ氏は「北朝鮮は核弾頭搭載可能なミサイル発射や核実験を1年以上行っていない」と現状を指摘したものの、「我々の最新の分析では、北朝鮮は大量破壊兵器の能力を維持しようとしており、核兵器と(その)製造能力を完全に放棄する可能性は低い」と語った。さらに「我々は(北朝鮮が)完全な非核化と矛盾する活動を行っていることを把握している」とも指摘した(『朝日新聞』2019年1月30日)。

 今年2月21日、CIAで朝鮮半島情勢の分析責任者を務めていた米シンクタンク「ヘリテージ財団」のブルース・クリングナー上級研究員は「ご存知の通り、(昨年6月の)シンガポールでの米朝首脳会談以降、非核化は全く進んでいない」と、同財団が主催したジャーナリストとの討論会で語った。

 「非核化どころか、北朝鮮は核開発を継続している」と彼は言い、北朝鮮が核能力を拡大・向上させたことを示す衛星写真や米情報機関による報告書を提示した(『ニューズウィーク』2019年2月22日)。

 さらに、今回の首脳会談の最中にも、北朝鮮がウラン濃縮工場の稼働を続けていたとの分析結果が、3月4日に天野之弥(ゆきや)IAEA理事長から公表されている。

 これらの兆候からみて、北朝鮮が真剣に非核化に取り組んでいないことは明らかである。

 非核化を「完全で検証可能かつ不可逆なもの」にするには、次の第2段階の全核関連施設の申告の実行に進まねばならない。米側が、カンソンのウラン濃縮工場など、寧辺以外も含めた全核施設のリストの提供を求めたのは当然の措置と言えよう。

 ただし、第1回の米朝首脳会談後の米朝共同宣言では、「安全の保障」と「朝鮮半島の非核化への努力」でバーターが成立し合意に至っている。

 金正恩委員長にとっては、すべての核関連施設のリストを米側に提供することは、爆撃目標リストを提供するに等しい。したがって、今の段階では、米朝間の信頼関係はそこまでには至っていないとして、金正恩委員長が、全リストの提供を拒否したとも報じられている。

 この対応は、「安全の保障」を求める北朝鮮側の立場からみれば、現段階においては妥当な判断と言えよう。第1回の米朝首脳会談の合意内容のバーターの論理から言えば、そのような主張は成り立つ。

 北朝鮮側の「全面的な経済制裁の解除を求めたわけではない」との主張も、「民需経済に支障をきたす項目の制裁の解除」が含まれていれば、実質的には全面解除に近いとは言える。ただし、核兵器関連物資などの制裁解除までは求めていないとの見方に立てば、全面解除の要求とは言えないであろう。

なぜ米側は会談中断を主導したのか?

 今回の会談中断後の米朝双方の主張から見れば、全般的には、米側が主導して交渉条件を吊り上げ、決裂に導いた可能性が高いと判断される。では、なぜ米国は第1回の合意内容から、交渉条件を吊り上げたのであろうか。

 しかも、それでいてなぜ協議打ち切りとは言わず、トランプ大統領自らも、ボルトン大統領補佐官(安全保障担当)も、成功だったと、その成果を強調するのであろうか。そのヒントは、北朝鮮側の反応にある。

 北朝鮮側の今回の会談にかける期待は、高かったとみられる。国内向けにも大きく報道されていた。事前の実務者レベル協議で合意には至らず会談の難航は予想されていたとは言え、北朝鮮側としては会談中断のショックは大きかったとみられる。

 会談中断後の対応を見ても、金正恩委員長の表情は硬く、トランプ大統領との最後の握手もなおざりであった。真夜中の記者会見での、実務担当者だった崔(チェ)外務次官の表情も冴えなかった。

 真夜中の会見で崔事務次官が、金正恩委員長は「交渉への意欲を少し失ったのではないかと感じた」(『The Sankei News』2019年3月1日)と最高指導者の心境を忖度するような発言をしたのも異様であった。米側の主張への反論は、金正恩委員長自身の命令によるものであり、交渉への期待度が低下したとの金正恩委員長自身の警告を示唆したものと言えよう。

 会談後の北朝鮮メディアの報道内容でも、ベトナムへの公式親善訪問が強調された。米朝首脳会談については「成功裏」に終わったとしたものの、成果の具体的な内容はもちろん、会談で合意に至らなかったことに関することにも言及はなかった(『ロイター』2019年3月4日)。

 しかし、北朝鮮の報道にトランプ大統領への直接の非難の言葉はなく、3月7日までは、米朝首脳会談に関する報道はほとんどなく、「失敗」や「決裂」を示唆する報道は極力抑えられていた。

 むしろ米国内の民主党などが主導した元弁護士マイケル・コーエン被告の米議会における、トランプ大統領に対する、大統領選でのロシアとの共謀疑惑証言など、トランプ大統領の外交指導力を制約する動きに不快感を示している。

 このような北朝鮮側の報道ぶりから、今回の決裂の背景要因が米朝首脳間の問題ではなく、主に米側の事情によるものであることが浮かびあがってくる。

 すなわち、トランプ大統領にとっては、国内でのスキャンダル暴露による政治的な打撃を憂慮して、会談どころではなくなり、わざと交渉条件を吊り上げて、決裂させたのだという見方である。

 次期大統領選挙をにらんだ場合、今回過度に譲歩すると、人権を重視する民主党やメディアからの、北朝鮮に対して融和的すぎるとの批判が高まり、一部の保守層の支持も離れるかもしれない。

 ここは一度強硬に出てわざと北朝鮮をじらせ、さらに経済制裁を強化して北朝鮮を弱らせ、大統領選挙前に北朝鮮と劇的和解を演出する。その勢いを駆って外交成果の一つとして喧伝し、大統領選挙を有利にするとの、政治的思惑から出た行動との見方もできよう。

トランプ政権の総合的ソフトパワー戦略の発動か?

 しかし、そのような政治的な要因ばかりで今回の米側の対応がなされたとも言えない兆候もある。今回の交渉決裂は、金正恩委員長の国内での威信を大いに低下させることになるであろう。また、約束した経済建設もさらに遅延するであろう。

 北朝鮮国内の報道では、米中首脳会談の中止については、3月7日まで報じられておらず、会談中断直後の1週間は、北朝鮮国内での動揺を招かないようにしようとする北朝鮮政府の配慮が窺われた。

 金正恩委員長は今年の「新年の辞」の中で、「私はこれからも、いつでも再び米国大統領と向かい合う準備ができており、必ず国際社会が歓迎する結果を作るために努力する」と、米大統領との再会への期待と意思を表明していた。

 しかしそれに続けて、「ただ、米国が世界の前でした自己の約束を守らずに我が人民の忍耐心を誤判し、一方的に何かを強要しようとし、依然として共和国に対する制裁と圧力に進むのであれば、我々としても、やむを得ず国の自主権と国家の最高利益を守り、朝鮮半島の平和と安定を実現するための新たな道を模索せざるを得なくなることもある」と警告を発している。

 金正恩委員長が、今回の首脳会談中断への不満を行動で示すため、上の警告に基づく具体的行動をとっている兆候も見られる。

 会談後の3月8日、韓国国家情報院は、平壌郊外の山陰洞(サヌムドン)にある「ミサイル総合研究団地」で物資運搬用の車両の活動を補足していたことが7日、分かったと報じられている。同地は ICBM(大陸間弾道ミサイル)の製造拠点として知られ、韓国軍は「施設維持の動き」とみている(『産経新聞』平成 31年3月8日)。

 また、北朝鮮の動きを衛星写真で分析しているアメリカの研究グループは、北朝鮮北西部の東倉里にあるミサイル発射場で施設を急速に建て直す動きが確認され、すでに通常の運用が可能な状態にまで復旧したと分析している。

 これに対しトランプ大統領は3月8日、ホワイトハウスで記者団に対し「北朝鮮のキム委員長との関係は非常によく、われわれの予想を裏切るようなことを一つでもすれば驚きだ」と述べ、金正恩委員長が、アメリカの期待に反して実験に踏み切ることはないだろうという見方を示した。

 そのうえでトランプ大統領は「北朝鮮が仮にミサイル発射実験を再開するようなことがあればとても失望する」と述べ、北朝鮮をけん制した。

 トランプ政権は「非核化をめぐる交渉のボールは北朝鮮側にある」として、今後の交渉は北朝鮮の出方を見極めながら検討していく方針であり、これに対し、トランプ大統領は、その知らせを伝えられ「もしそれがそうなら、金正恩委員長に失望する」と述べたと報じられている(『NHK NEWS WEB』2019年3月9日) 。

 金正恩委員長は、米国に対し、東倉里ミサイル基地の再建など、警告とみられる動きを決定するには数日は要したとみられ、会談後の金正恩委員長の対米姿勢決断には迷いがみられる。米側の心理戦の効果があらわれたとみることもできる。

 他方では、昨年夏、金正恩委員長の独裁制打倒を目指す動きが北朝鮮国内であり、約70名が逮捕されたとの情報もある。また、今回の米朝首脳会談の直後の抗日独立運動記念日に、マレーシアで殺害された金正男(キム・ジョンナム)氏の長男金漢率(キム・ハンソル)を保護しているとする団体による、金正恩独裁体制打倒を呼び掛ける動きも報じられた。

 金正男氏が殺害された後、息子のハンソル氏ら家族3人をマカオから安全な場所に移したとする団体「千里馬民防衛」は3月1日、金正恩委員長による北朝鮮の体制に抵抗する「臨時政府」の発足を団体のホームページで表明し、北朝鮮を脱出した人々らに結束を呼び掛けた。

 北朝鮮の体制を「数十年間、人道主義に反する膨大な犯罪を行った」と批判。「体制の中で宣言文を聞いている者たちよ、圧制者に抵抗せよ。公の場で立ち向かい静かに抗拒せよ」と支持を求めた。団体名を同日から「自由朝鮮」に変更した。

 団体について「北朝鮮の人民を代表する単一で正当な組織であることを宣言する」とも主張。「新しい朝鮮への道を準備する」と訴えた。ホームページには、ハングルと英語の文章のほか、この文章を読み上げる女性の動画が掲載された。ハンソル氏への言及はなかった (『日本経済新聞』2019年3月1日)。

 このような動きは、米側の金正恩独裁体制打倒を目指した、謀略工作とみることもできる。トランプ政権の金正恩独裁体制打倒を目標とする、ソフトパワー戦略が発動されたのかもしれない。

 すなわち、金正恩の威信を低下させ、経済制裁のみならず、国内外から政治戦、心理戦、情報戦を挑み、金正恩体制を内外から孤立、動揺させ、ひいては体制の変質、さらには体制の打倒を図る、計画的かつ総合的なソフトパワー戦略の発動である。

 金正恩独裁体制が打倒されるか変質すれば、核もミサイルも化学・生物兵器も廃棄され、日韓の拉致被害者たちも取り戻せるであろう。そのような戦略をトランプ政権は描いているのかもしれない。

 その戦略遂行にあたり、トランプ大統領自らが、そのプレーヤーの一人となり、自らその役柄を演じているとの見方もできる。

 第1回目の会談で融和姿勢を見せて油断させ、金正恩委員長を有頂天にさせ、過剰な期待をさせて国内で大いに宣伝させる。そのうえで、今回はわざと要求を吊り上げて、首脳会談を破局に導き、金正恩委員長の威信を低下させて、独裁者への求心力を削いでいく。

 他方で、非核化が進んでいない証拠を突き付け、それを理由に経済制裁をさらに強化し、北朝鮮の国力を削いでいく。ただし、それだけでは民衆の不満は経済制裁を課している外国勢力に向かうことになる。

 そこで金正恩独裁体制に対する不満と不信をあおるために、経済制裁と併用して、宣伝、謀略、心理戦、サイバー戦、無人機などによる攪乱工作、暗号解読、金融戦、外交戦、政治戦、技術戦など、あらゆる機能と局面を利用した、総合的なソフトパワー戦略が発動されているように見受けられる。

 日本、欧州などの同盟国や国際機関との連携もさらに強化されるであろう。韓国の文在寅政権の動きも米国の意向をある程度汲んで行われているか、わざと泳がされている面もあるのではないだろうか。文政権の対北融和政策は、金正恩を油断させ誘い込むうえで有利に作用する面もある。

採りえない軍事的選択肢と限界のある斬首作戦

 軍事的選択肢は北朝鮮がICBMを含む約1千発の核搭載可能なミサイルを保有している以上、報復攻撃と中露の介入のおそれなどを考慮すると、採用しうる選択肢ではない。

 ジェフリー・レービス博士の『米国に対する北朝鮮の核攻撃に関する2020年委員会報告(The 2020 Commission Report on the North Korean Nuclear Attacks against the United States)』(WH ALLEN, 2018)は、北朝鮮の核攻撃があった場合の被害想定について、詳述している。

 同書は、開戦当初の第1波の核攻撃で日本と韓国に140万人以上の死者と500万人以上の負傷者が出る、米国に対する第2波の核攻撃で140万人の死者と280万人以上の負傷者が出る、合わせて約300万人の死者が出て、治療を必要とする約800万人の人々が絶望的状態に置き去りにされるとの想定を描いている。

 その際に想定されている核ミサイル攻撃では、9カ所の異なった場所から北朝鮮の54発の核弾頭搭載核ミサイルが韓国と日本本土に、別に8発が沖縄とグアムの駐留米軍に向けて発射され、その半数近くが目標に命中すると想定されている。なお、到達しなかったミサイルは、米日のミサイル防衛システムにより撃墜されたか、飛翔の途中で自壊したものとされている。

 2日目には水爆弾頭を搭載した約1 発のICBMが米国に向け発射され、そのうち2発がハワイに、4発が米本土の大都市に落達するとされている。ただし、その後の米側の反撃により金正恩体制は打倒される。

 同書は、単なるホラー小説やSFではない。米議会のPublic Law 117-321に基づき、2020年3月22日から24日の間を想定し、北朝鮮による日本、韓国と米国に対する核攻撃が起きた場合のシナリオを、専門家からなる「2020年委員会」が厳密に見積もった結果に基づく報告書である。

 このケースでは、北朝鮮と軍事同盟関係にある中国の介入や米中間の核戦争については、見積もり対象外となっている。もしも中国が参戦すれば、その被害規模は、さらに数千万人増加するであろう。

 このような「人類史上かつてない惨害」が予想される以上、米国としては軍事的選択肢はとれないとみるべきであろう。

 そうであれば、在韓米軍や在日米軍は北朝鮮の攻撃に対する抑止機能を果たすというよりも、北朝鮮の中距離ミサイルによる核攻撃の最優先目標となる危険に、駐留米軍兵士とその家族をさらすことになりかねない。

 駐留部隊や家族が、戦争に巻き込まれ犠牲になるか捕虜におそれがあれば、米軍の対北反撃作戦の遂行を拘束し作戦の柔軟性も失われるであろう。彼らを、平時の間にいずれは安全な後方や本国にさげるのが望ましいことになる。

 今回の会談中断後、米国防総省が春の米韓合同軍事演習の終了を宣言したのも、単に予算がかかるという理由だけではないであろう。北朝鮮さらには中国の核攻撃の脅威に在韓米軍の兵士や家族をいつまでもさらしておくわけにはいかないという、米国民保護の意向が働いた結果、在韓米軍撤退の一歩として取られた措置とみることもできる。

 また、金正恩などの要人、あるいは核・ミサイル関連施設などの要点のみに目標を絞って行う、斬首作戦も、金正恩をいきなり排除した場合の国内の政治的混乱、軍の動向特に核・ミサイル部隊の独断発射や核弾頭の盗難・流出などのおそれを考慮すると、不確定要素とリスクが多すぎる。

 斬首作戦や金正恩暗殺などは、すでに朴槿恵政権時代から行ってきた可能性が高いとみられる。かつて北朝鮮は、朴槿恵前大統領を2度も斬首作戦を試みた犯罪者であり、北朝鮮に引き渡せと要求したことがある。

 しかし、斬首作戦の成果は上がっていない。何よりも、信頼のおけるリアルタイムの金正恩らの所在情報、あるいはすべての地下にある核ミサイル基地や核関連施設の所在を、確実に把握する情報収集手段がないなどの根本的な問題点がある。

 衛星画像分析では、例え「1インチ」まで解像度があっても、いつ偵察衛星が上空を通過するかは予測できるため容易に隠れたり欺編することができ、リアルタイムで北朝鮮要人などの情報を、必要時に常に把握することはできない。

 北朝鮮内部にスパイを送り込むか、内通者を獲得して、確実な視認情報を得ることが不可欠だが、閉鎖的な独裁体制で警護厳重な北朝鮮の要人などについて、そのようなヒューミント情報を得ることは至難の業であろう。

 また、独裁的指導者を排除しても、国内が混乱すればかえってコストのかかる泥沼の戦いに巻き込まれかねないことは、アフガニスタン、イラク、リビアなどで実証済みである。これらの要因から見て、斬首作戦にも限界がある。

最善の総合的ソフトパワー戦略とその主敵

 結局いま米国が採れる、コストが最も安く、効果的でコントロール可能な、最良の戦略は、上に述べた、総合的なソフトパワーによる体制打倒戦略であると言えよう。金正恩独裁体制が続く限り、完全な非核化は困難と言えよう。

 しかし、ソフトパワーを駆使すれば、独裁体制の打倒や変質は追求できるかもしれない。それができれば非核化も可能になるであろう。ソ連は強大な核戦力を有しながら、情報公開の波に飲み込まれて自壊した。同様の戦略は、北朝鮮にも適用できよう。

 そのような戦略をトランプ政権が意図的に追求しているとすれば、トランプ大統領個人の政治的思惑も大なり小なりあるにせよ、その戦略方針に変化はなく、目標達成まで今後とも強力に進められることになるであろう。

 そしてそのような戦略が有効であることが立証されれば、米国が最大の脅威と見定めた中国の共産党独裁体制打倒の戦略として、さらに発展拡大し適用される可能性は高い。

 その際には、金融・経済・サイバー・技術など、国力特に軍事力のコアとなるソフトパワーを重点とした、さらに徹底した総合戦略として行使されることになるであろう。米中貿易戦争はその先駆けかもしれない。

待ったなしの対応が求められる日本

 日本は米国との協力し国際社会と連帯し北朝鮮制裁を継続するとともに、独自の抑止力の保持に努めねばならない。しかし北朝鮮があくまで核ミサイル、化学兵器などの放棄に応じず、米国が制裁強化に動けば、それが北朝鮮による核恫喝、核危機に至る可能性もある。

 日本自身も独自の即時に発動できる核抑止力を保有しておく必要がある。また国民を核、化学攻撃などの被害から守れる、シェルターの整備と大都会から地方への大規模な避難・疎開計画を立てて訓練もしておかねばならない。

 また指揮統制・通信・情報・コンピューター、警戒・監視、偵察能力を高め、国家レベルの情報機関、サイバーディフェンス部隊を創り、他国並みのスパイ防止法を整備し対情報機関を強化する必要がある。

 実働機関として、自衛隊には国として責任を負う現職の倍の予備自衛官を広く国民一般の技能者も含めて募り、編成すること、郷土防衛のための実働部隊を知事隷下に創設すること、国家警察・国家消防の整備、海上保安庁や警察の武装と権限の強化、陸海自衛隊への領域警備権限の付与などの措置も早急に行わねばならない。

(本記事は,JBPRESS(2019.3.13)に発表した内容です。)

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