矢野義昭
4月7日に終に安倍首相により「緊急事態宣言」が発せられた。新型コロナウィルスによる感染症拡大は、東京都など都市圏で爆発的拡大の兆しを見せている。4月9日現在、世界では感染者は150万人を超え、死者も8.8万人を超えた。
中国当局は、感染症は収束に向かっているとし、武漢市の封鎖も解除された。しかし本当に感染症は収束しているのだろうか?
他方で中国は、他国に感染症発生の責任転嫁をするプロパガンダを展開し、西太平洋での軍事活動を活発化させている。その真意はどこにあるのだろうか?
目次
中国の疑わしい新型コロナウィルス収束宣言と政治・軍事への影響拡大
中国では今年3月10日に習近平国家主席が武漢を訪問し、中国国内では新型コロナウィルスの感染は収束に向かっているとされ、1 月23日から続いていた武漢市の都市封鎖も4月8日には解除された。
しかし本当に中国国内で新型コロナウィルスの感染が収束に向かっているかには、大いに疑問がある。
もともと初動段階で中国当局は、ヒトからヒトへの感染の可能性のある新型コロナウィルスの発生を隠蔽していた。
昨年12月30日、グループチャットのWeChatを通じて感染症発生を警告した武漢市の李文亮医師は、今年1月3日に武漢市公安当局に呼び出され、口止めされたうえ訓戒処分を受けた。その後自ら感染し2月7日に死亡している。
今年1月20日過ぎから武漢市の火葬場はフル稼働していたが、それでも遺体の処理が間に合わなかったとの火葬場関係者の証言もあり、実際の武漢の死者数は数万人、公表数の10倍以上に上る可能性は高い。
中国のインターネットメディア『騰訊』は2月4日に、2月1日までの武漢市での新型肺炎による死者の累計数の真実の数字をうっかりアップしたが、1秒ですぐ切り替わった。しかし、画面はすぐネット民にfocusされた。その数字によれば「真実の死亡数は24,589人、感染確認者数は154,023人」と伝えられている。このような映像はその後SNSなどに投稿されると、次々に削除されている。
また中国湖北省武漢市で3月28日までに、新型コロナに感染した死者の遺骨の受け取りや埋葬が始まった。検査が追いつかず政府発表より実際の死者数が多い可能性が以前から指摘されていたが、多数の人が行列を作ったことで、市民の間で死者数を巡る疑念が再燃している。
住民によると、武漢の葬儀場では3月26日ごろから感染防止のため停止していた遺骨の受け取りが始まった。SNSでは受け取りや墓の購入のため、葬儀場や墓地に大勢の人が並ぶ写真が出回った。
武漢の感染による死者数はそれまでに計 2,538人とされている。しかしSNSでは、行列の人数などから感染による死者は数万人に上るとの推測も広がった(『共同通信』2020年3月28日)。
このように、中国当局の隠蔽と虚偽、ネット監視、言論統制の姿勢は何ら変化がなく、中国の国内外に感染拡大を広める元凶となっていることは、紛れもない事実と言える。
中国国内での感染が収束に向かっているとの中国当局の発表には信頼がおけず、封鎖解除が第二次の感染爆発をもたらす恐れが大きいと言わねばならない。
習近平政権は経済再建を急いでいるが、李克強首相は感染収束を優先すべきだと主張するなど、政権内部の対立も伝えられている。
中国の宣伝機関による、「習近平主席の指導下でわれわれが疫病との戦いに勝ち続けている」との、いわば「戦勝ムード」が醸し出されている中、李克強首相が、「第二の感染爆発」が起きる可能性を指摘、感染の情報公開「透明性」にも言及した。
李克強首相のこの発言を、国務院が開設している「中国政府網」という政府の公式サイトは掲載した。しかし、党中央共産党宣伝部の管理下にある人民日報は、李首相主宰の新型肺炎対策会議の内容を1面で報道したものの、「中国政府網」掲載の李首相発言の重要ポイントは報じなかった(https://blog.goo.ne.jp/yuujii_1946/e/f8de768690e123aa31117c99d97dd45d)。
今後この新型コロナウィルス問題は、党内の権力闘争、さらには、二次感染拡大などを招くことになれば、習近平の失脚にまで発展する可能性を秘めている。
また感染は人民解放軍内にも拡大している模様である。
一部の香港紙などの報道によれば、空母などを建造している造船所の労働者の間でも新型コロナウィルスが広がり、海軍軍人の中にも感染して潜水艦の乗組員が隔離されているとの報道もある。
しかし情報が正確かどうかは分からない。また、人民解放軍幹部は3月5日までに、中国国内で拡大する新型肺炎の問題に触れ、将兵の間には1人も感染者はいないと主張したと、中国国営メディアが報じている。
しかし、韓国の国防省は3月3日、韓国軍人の感染者は確認されただけで31人と発表している。同国における感染者数は5,300人を超え、犠牲者は32人。在韓米軍では少なくとも4人の感染が判明している(『CNN.com』2020年3月5日)。
軍内は学校と並び、若者が多数集団で長時間濃密感染する場でもあり、スペイン風邪でも軍内に多数の犠牲者が出た。感染者数が5,300人の韓国で、すでに31人の軍内感染者が出ているのに、感染者数が8万人を超えている中国の軍内の感染者が出ていないとの発表は信じがたい。
中国の軍と軍需工場内に感染が拡大している可能性は十分に考えられる。
このような今回のコロナウィルスが、中国の軍や軍需産業に与える影響についても、注目する必要があるが、共産党独裁の統制下では、その実態は容易には知られないと思われる。
また、軍や軍需産業は完全な統制下にあり、党・軍当局としても完全な封じ込めが容易とみられ、早期の収束を図るとみられる。感染拡大があるとしても、その影響を過大に評価することはできないであろう。
2020年2月25日の『解放軍報』には、今回のロジスティクス作戦について、全体的に称賛しつつも、改善点・問題点を 指摘する記事もあらわれている。
それによれば今後の課題は、①さらなる情報化、②戦略物資貯蔵であるという。解放軍は主に後方支援面で活動したが、その情報化まだ不十分だった。また、一部地区では「戦略物資の貯蔵が十分ではなく、防護服やマスク、消毒液の供給が短時間にできないか、あるいは物資が欠乏」していたと指摘されている(山口信治『NIDS コメンタリー』第112号、2020年3月13日)。
人民解放軍の支援活動は医療面を主にした限定的なものであり、むしろ以下に述べる、対米情報戦と周辺国に対する軍事的威嚇行動にむしろ重点が置かれているとみるべきであろう。
強まる米中間の情報戦様相
新型コロナウィルスの発生源については、さまざまの見方がある。一部には、武漢市近郊の中国科学院武漢ウィルス研究所から感染した実験用動物から漏れたのではないかとの見方も出ている。
同研究所は最高度のバイオセキュリティレベルの研究機関だったが、フランスなどからウィルス管理の杜撰さが指摘されており、漏洩の可能性も否定できない(『msn ニュース』2020年2月20日)。ただし、確証はない。
同研究所はいま軍の管理下にあるとみられ、中国当局が発生源とした武漢市の生鮮食品市場も閉鎖されており、発生源の確実な客観的検証方法はない。
これに乗じて中国は、発生源は中国とは限らないとし、他国とりわけ米国に責任を押し付けようとするプロパガンダを展開している。
2月27日の『環球網』によると、中国国家衛生健康委員会ハイレベル専門家グループの鐘南山グループ長は、「現在、国外ではいくらかの状況が出現している」とした上で、「感染症が最初に出現したのは中国だが、中国から始まったとは限らない」と述べ、暗に米国に責任転嫁をする姿勢を見せた(『Record China』2020年2月27日)。
それに対しこれに対し、3月7日マイク・ポンペオ米国務長官は、これは「武漢コロナウィルスだ」と反論、中国に対し、このような根拠のない偽情報を振りまくのを止めるよう要求し、責任転嫁を図っていると非難した。
また3月11日、オブライエン大統領補佐官(国家安全保障担当)は、中国の初動対応について「隠蔽活動だった」と非難し、「そのせいで世界各国の対応が2 カ月遅れた」と述べ、感染拡大の責任が中国にあるとの認識を示した。
その翌日の12日夜、中国外務省の趙立堅報道官は、ツイッターで新型コロナウィルスについて「米国での最初の患者はいつ出たのか? 感染患者は何人だったのか?病院の名前は何と言うのか?米軍が武漢に疫病を持ち込んだのかもしれない。アメリカは透明性をもって、データを公開すべきだ。米国は説明不足だ」などと書き込み反論している。
さらに中国は、国内での感染収束をアピールするため、親中的な諸国に対しマスクなど医療資材を送り、世界の救世主と自らを位置付ける演出も行っている。
3月16日にはトランプ大統領自らがツイッターで「中国ウィルス」と呼ぶなど、米国は中国が発生源であり、中国に責任があることを強調し、中国共産党独裁の隠蔽、虚偽の体質を告発している。
このような米政府の反論に対して、国連と世界保健機関(WHO)は、人種差別を助長するとして苦言を呈した。他方、トランプ大統領は4月7日、米国も多くの拠出金を出しているのに、WHO は、明らかに中国寄りであり、新型コロナウィルスのパンデミックの中で機能していないと非難、分担金の支払いを停止する可能性があると警告した。
これに対し4月8日、テドロス・アダノム WHO 事務局長は、ウィルス問題の政治利用だと反発し、中国の趙報道官も米国の発言に対し、「WHO 運営の妨げになる」と反論している。
このように米国と中国及び中国の影響下にある WHO との対立関係が深まり、ウィルスの発生源などをめぐり、米中間の情報戦の様相が強まっている。経緯から見て、明らかに発生源は中国国内である。中国側も、発生源が中国以外にあると主張する根拠については、提示していない。
また、初動段階の隠蔽についても、中国は4月7日に、隠蔽はしていない、国連に報告したと表明しているが、李文亮医師の死に至る経緯はネットで周知されており、ヒトからヒトへの感染の事実は隠蔽されていたことも明らかである。
ただし、米国の中国からの医療用品や医薬品の輸入額は、2018年は127億ドル(約1兆3900億円)に上っており、約8割以上を中国からの輸入に頼っている。
トランプ大統領は「国防生産法」まで発動して人工呼吸器などの増産に努めているが、米国国内での増産は間に合っていない。米国にとっても、中国との関係を過度に悪化させることは国内の感染症拡大阻止にとり好ましいことではない。
中国も、感染収束への疑念などをこれ以上指摘されることは、習近平政権にとっても好ましいことではない。米中の情報戦にも一定の限度はあるとみられる。
米中首脳は3月27日電話協議を行い、感染症対策で両国が協力することで合意したと報じられている。
米中の覇権争いは、パンデミックの中でも、西太平洋における軍事的プレゼンスをめぐるハードパワーの対立に、むしろ表れている。
高まる中国の周辺国に対する軍事圧力
国内で感染症拡大を抱える中でも、中国は周辺国に対する軍事圧力を弱めていない。
海上保安庁の集計によれば、2020年に入っても、中国公船の尖閣諸島接続水域内での述べ確認隻数は、1月98隻、2月90隻、3月101隻と、領海侵入船の延べ隻数が 1月8隻、2月8隻、3月4隻と、いずれも、急増した2019年に近い高水準が続いている。
南シナ海では、米国の南シナ海を含めた西太平洋での戦力展開を支援するために、豪が同国北部の防空態勢を強化すると表明した後、中国は西太平洋での警戒監視活動を強化している。
豪国防省は、今年1月から2月の2か月間、中国東岸から豪近海の西太平洋に至る海路を、中国の海洋地理調査船が深海調査を続けていたことを確認している。同海路は、インドネシアのジャワ海を経て豪国領海のクリスマス諸島近海に至る、豪潜水艦が南シナ海に出るため常に使用している海洋戦略ルートである。
豪国防省高官は、「中国はこれらの潜水艦の経路についてできる限り知りたがっており、併せて中国のハイテク艦艇に対する豪の反応についても試験し監視したがっている」と語っている(Asia Times, March 2, 2020)。
このように、南シナ海から南太平洋海域での中国の海洋調査活動も活発になっている。
台湾に対する活動も総統選以降活発になっている。
今年3月20日付『産経新聞』によれば、3月19日、厳徳発台湾国防部長は立法院の審議で、今年2~3月の状況は以前と異なり、「脅威が増大している」との認識を示している。
東部戦区は、東シナ海および台湾周辺において海空戦力による巡行と演習を実施した。
2月9日には駆逐艦と殲( J)-11戦闘機、空警(KJ)-50早期警戒管制機、轟(H)-6K爆撃機が、多軍種統合作戦能力を高めるための戦備巡行飛行を行い、空中戦力はバシー海峡から太平洋に出て、その後宮古海峡を通過して帰還した(『中国軍網』2020年2月9日)。
翌2月10日にも6機のH-6Kがバシー海峡を通過して西太平洋との間を往復している(『台灣國防部新聞稿』2020年2月10日)。
この際、護衛艦が台湾海峡の中間線を越えた。同28日にもH-6がバシー海峡を往復し、台湾の防空識別圏に一時侵入したとの報道もある。
国防部や台湾メディアの発表によると、中国のKJ-50とJ-11などの編隊が3月16日午後7時、台湾南西沖で夜間訓練を実施。台湾海峡の中間線に接近したため、台湾空軍の戦闘機が無線で警告した。空軍は増援のため、戦闘機を緊急発進させた。中国軍機の台湾周辺での夜間訓練は異例である。
中国は、台湾総統選以前は、台湾周辺での活動を控えていた。2月以降の動向について、中正大学の林頴佑准教授は「軍内で武漢肺炎の感染が確認され民衆に能力を疑われているため、国内向けに攻撃能力を誇示する狙いもある」と分析していると報じられている(『産経新聞』2020年3月20日)。
また人民解放軍装備部が、防弾チョッキ約140万着を発注したことが、今年3月の官報により明らかになっている。人民解放軍の地上軍総兵力約98万人よりも約42万着も多い数である。納入には2年程度を要するとみられる。
余剰の数は人民武装警察用かもしれない。そうであれば、香港の民主派弾圧、または新型コロナウィルスの二次・三次の感染拡大に伴う国内暴動鎮圧用装備かもしれない。あるいは、台湾侵攻作戦準備の一環ともとれる。
いずれにしても、何らかの多数の兵員を投入して対処すべき2年以内の緊急事態を想定した準備行動であろう。もし今後、小型艦艇の緊急増産などの兆候があれば、着上陸侵攻のかなり差し迫った準備行動と言えるだろう。
台湾対岸の南部戦区、旧南京軍区での演習活動の活発化も伝えられており、尖閣諸島、台湾に対する何らかの軍事行動の兆候が見られることには十分な注意が必要である。世界の主要国、特に米国と日本が新型コロナウィルス対策に追われている隙に、尖閣諸島などの係争地域において、奇襲侵攻し既成事実を創ることは十分にありうる行動である。
強まる米国の対中戦力再編の動きと日本の自立防衛の必要性
米国の西太平洋での海空優勢の維持がすでに危うくなっている。
中国の主力艦艇数は米国を上回っている。昨年5月、米国の戦略国際問題研究所(CSIS)は、中国人民解放軍海軍が、既に戦闘艦の総数において、米海軍の287 隻を上回る、300隻もの艦艇を保有し、世界最大の海軍へ変貌を遂げていると結論づけている。ただし、中国の艦艇は外洋での戦闘に向くように建造されておらず、質的には問題があるとみられている。
半面、中国は海軍力整備に多大の投資を行っている。「055ミサイル駆逐艦」を建造して艦隊の多層防空を実現し、「遼寧」に続き国産空母「001A」の試験航海を行い、2番艦を建造中である。3番艦、4番艦建造の噂もある。
建造中の「075型強襲揚陸艦」は、エア・クッション型揚陸艇を3隻搭載し、1900人の上陸部隊を収容でき、30機程度の回転翼機を搭載できるとみられている。
また2万5000トンクラスの「071型揚陸艦」を6隻就役させ、さらに7番艦と8番艦の建造を進めている(https://grandfleet.info/military-trivia/great-navy-with-300-chinesenaval-vessels/)。
中国の3大造船所の一つである上海の湖東造船所は、2020年6月就役予定の3万トンクラスの075型強襲揚陸艦「艦島」を建造中である(『新浪軍事』2020年3月6日)。
今後数年以内に、中国海軍の強襲揚陸能力とそれを支援する海軍力が中国近海においては、大幅に増強されることになるだろう。
その効果はすでに表れている。ネットチャンネル「Zooming In」のインタビューの中で、今年2月、ジェームズ・ファネル元米太平洋艦隊司令部情報部長が、今後30年以内に台湾をめぐり米中戦争が起こる可能性は「極めて高く」、米国が勝てるとの確信を持てないと発言している。
その理由として、中国が今後も軍事投資を一貫して増額するとみられること、米軍は世界展開が必要だが中国は西太平洋に戦力を集中できること、特に西太平洋での米中の展開艦艇数が1対10の比率で米軍に劣勢となっていること、中国の新型の駆逐艦(実は巡洋艦級)の性能が向上し、その搭載ミサイルの射程が米艦艇のミサイルより長く優位に立っていることなどをあげている。
ただし、トランプ政権が仕掛けた米中貿易戦争により、中国経済の成長が阻害されることになれば、このような海軍力への継続投資は困難になる。その結果、「今世紀中頃には人民軍隊を全面的に世界一流の軍隊にする」との、習近平中央軍事委員会主席が打ち出した軍事力建設のタイムテーブルの実現も不可能になるであろう。
このような情勢に危機感を持った米国は、中国を「戦略的競争相手」として明確に位置付け、インド太平洋を重視した戦略態勢への転換を進めている。
今年3月末、米海兵隊は再編計画文書『フォースデザイン2030』を発表した。それによると、海兵隊はトランプ政権が2018年に発表した国家防衛戦略に基づき、任務の重点を内陸部での対テロ作戦から、インド太平洋地域で米国の「戦略的競争相手」である中国とロシアの脅威への対処に転換する。
特に、中国による海洋覇権を目指す策動をにらみ、海兵隊の本来の任務である上陸作戦など沿海部での作戦行動を重視し、海軍の作戦を支える前方展開部隊として海軍との統合を強化していくとした。
また、図上演習を重ねた結果、中国軍のミサイルや海軍力がインド太平洋地域での米軍の優位を脅かしつつあることが分かったと指摘。海兵隊は中国海軍と戦うために複数の比較的小規模な部隊を中国軍のミサイルなどの射程圏内にある離島や沿岸部に上陸させて遠征前進基地(EAB)を設営し、対艦攻撃や対空攻撃、無人機の運用などによって中国軍の作戦行動を妨害するとしている。
計画文書は同時に、武装集団の離島上陸や公海上での民間船への襲撃といった、いわゆる「グレーゾーン事態」に対処し勝利できるようにすると明記しており、海兵隊が尖閣諸島周辺やスプラトリー諸島などでの作戦行動も念頭に置いていることが浮かび上がった。
兵員数は総数を30年までに約1万2千人削減し、7つの戦車中隊を全廃し、戦車を必要とする陸上戦闘は陸軍に任せるとの立場を明確にした。
前方展開任務で枢要な役割を担うミサイル・ロケット砲兵中隊を現在の7から21に増強。また敵の勢力圏下で「情報収集・警戒監視・偵察」や対艦・対地攻撃などを実施する無人機部隊を現在の3から6に増やすとしている(『産経新聞』2020年4月4日)。
この中で注目されるのは、米海兵隊が前方展開任務では、戦車部隊を運用するような陸上戦闘は陸軍に任せると明確に示している点である。米海兵隊は海軍作戦の一環としての沿海部での作戦が本来の任務であり、機動性に富み即応性も高いが、重戦力には乏しい。これを攻撃ヘリにより補完してきたが、攻撃ヘリ部隊も大幅削減の対象になっている。
米陸軍は戦車、装甲車、重砲などの重戦力を保有しているが、それだけ展開には時間を要する。米本土からの来援となれば数カ月はかかるとみられる。その前に、来援を掩護できるだけの海空優勢が確保されなければならない。
それまでの間の日本防衛は、米海空軍や一部海兵隊の主として長射程の対艦・対空ミサイル攻撃などによる支援を受けつつ、自衛隊が主体となって担任することになる。特に、国土防衛のための陸上戦闘は自衛隊が、反攻作戦段階も含めて主体となって行うことになるであろう。今回の米海兵隊の戦力設計計画でも、その方向性はより一層明確になったと言えよう。
日本が数カ月にわたる国土防衛とその後の国土回復作戦を主体的に行うことが可能なのか、その時間や必要とされる人員や装備、弾薬・ミサイルなどを確保できるのかが、いま問われている。
今回の新型コロナウィルスは、米空母の乗組員が感染することにより、米海軍のプレゼンスにも重大な影響を与えている。
米空母「セオドア・ルーズベルト」で感染者が150~200人に達したとの情報があり、艦長は乗組員の大半を陸上で隔離すべきだと主張。米軍の海外展開能力の一翼を担う同空母は、機能不全の危機に陥っている。
ただし、マーク・エスパー国防長官は、米軍の即応能力低下の「懸念はない」と強調している(『JIJI.com』2020年4月2日)。
現在、米空母の展開にはかなりの無理がかかっている。イランは、トランプ政権の核合意破棄、革命防衛隊のガーセム・ソレイマーニー司令官殺害に対し反発を強め、今年2月の総選挙では強硬派が圧勝し、米国との緊張関係が高まっている。
米海軍は、中東正面の緊張増大に対する抑止力として、もともと空母1隻のところを、常時2隻を中東正面に展開するという運用を、長期にわたり行ってきた。
しかしそのために、特にインド太平洋正面の配備に無理が生じ、空母の長期洋上展開が続き、乗員や艦艇に負担がかかっている。今回の感染拡大の背景にもこのような長期派遣の過労が一因としてあるのかもしれない。
前述した西太平洋における米中艦艇の展開日数の格差を考慮すると、米海軍としては中東正面の緊張が緩和されない限り、今後ともインド太平洋正面の空母の運用について、かなり無理のある運用を強いられることになるとみられる。
まとめ―米中覇権争いの一角として深刻な影響を与える新型コロナウィルス感染
このように、新型コロナウィルスの影響は、感染症による死亡者や感染症対策に伴う経済的・社会的犠牲に止まるものではない。その間にも、トランプ政権登場以来明確になった、米中覇権争いの様相はさらに激化している。
貿易面、5Gなどの技術面をめぐる争いのみならず、今回のパンデミックの最中に展開されている、米中の西太平洋の海空優勢をめぐる鍔迫り合いと、いずれが正義かを競う情報戦も、新たな戦いの局面として浮かび上がってきている。
パンデミック終息後の世界では、グローバリズムが後退してナショナリズムが強まり、国際的なバランス・オブ・パワーも大きく変化するであろう。国際秩序も、米中覇権争いを軸として、大きく変容するとみられる。
トランプ政権は、半導体など最新兵器システムの生産に不可欠な先端部品のサプライチェーンから中国を外し、生産基盤を北米へ移転することを重視している。そのためには、中国に展開している米国の企業や研究機関を国内に呼び戻し、国内の製造業、研究開発能力のテコ入れを実現しなければならない。
新型コロナウィルス対策で成功すれば、トランプ大統領が再選される可能性は高まる。しかし、その後米国国力の復活が、製造業の再生を含めて、トランプ大統領の思惑通りに進むのかが注目される。
新型コロナウィルス対策いかんで、トランプ大統領の再選もその後の評価も大きく左右されることになるだろう。
他方の中国も重大な挑戦に直面している。習近平体制は、今回の新型ウィルス問題により、感染症収束から経済再建へと円滑に移行できるのか、それとも二次・三次の感染症爆発に見舞われ、経済破綻に止まらず習近平独裁体制を招くのかが問われている。
もしも習近平の失脚と経済困難が重なれば、全国的な暴動、さらには共産党一党支配体制の崩壊など、革命的な社会体制の変革に至るかもしれない。中国もまた、重大な歴史的分岐点に立たされている。
そのような不安を払拭し、国内の信頼をつなぎとめるためか、ここ数カ月、中国は国内での感染症防止に全力を傾けるよりも、むしろ周辺国に対する軍事的な威圧行動を強めている。
しかしこのような行動は、国内での感染症対策に割ける資源を浪費し、無用に米国はじめ世界各国の反発を高め、日台豪などの中国周辺国の警戒感を強めさせることになる。米国が感染の打撃から立ち直れば、米国を中心とするインド太平洋での対中封じ込め戦略は、本格的に始動することになるであろう。
新型コロナウィルスの打撃を米中いずれがうまく切り抜けるかにより、その後の国際政治構造は大きく様変わりするであろう。
日本としては、米国はじめ台湾、豪州、インドなどとの連携を強めるとともに、立ち遅れた国内の危機管理と自立防衛態勢を早急に強化し、インド太平洋の安定と秩序の維持に貢献しなければならない。今後数年は、その成否が問われる時期となるであろう。
(本稿は JBPress<http://jbpress.ismedia.jp>から転載したものです。)
発表時期:2020.4.11