コラム

派手な軍事パレードが如実に語る中国の内憂外患-IT強国が中国を崩壊に導きかねない皮肉と香港デモへの心配-

矢野 義昭

 中華人民共和国建国70年を迎えた今年10月1日、かつてない規模の軍事パレードが挙行された。

パレードには、兵員約1万5000人、各種のミサイル、戦車、装甲車など約580の装備、軍用機160機以上が参加したと報じられている。中国国防省は、兵器はすべて国産であるとしている。

しかし、天安門の楼上で演説し、次々と目の前を通り過ぎる重装備部隊の敬礼を受ける習近平中央軍事委員会主席は、心なしか、自信なさげに見え、演説にも迫力が欠けていた。

その背景には、押し迫る内憂外患がある。

■強化された主席の軍事大権

習近平党総書記兼国家主席は、同時に党と国家の中央軍事委員会主席を兼ねている。

鄧小平と江沢民氏は、党総書記兼国家主席を退任した後も、中央軍事委員会主席の地位に残り、隠然たる院政を敷いた。

胡錦涛氏はこれを踏襲せず、党総書記兼国家主席退任と共に中央軍事委員会主席も譲っている。

中央軍事委員会主席は、人民解放軍、武装警察、民兵などからなる「全武装力量」に対して、唯一最高の指揮統帥権を有している。その最高指揮統帥権は、習近平体制下でさらに強化されてきた。

ただし、これらの武装力量は実質的には、党の私兵集団でしかない。国軍ではない。習近平主席は「偉大な中華民族の復興」を理念として掲げ、「富国強軍」を強調している。

しかし、その実体は、共産党の独裁支配のための「民族復興」であり「富国強軍」である。国際社会一般のナショナリズムとは本質的に異なる。

「国家」も「民族」も共産党独裁体制にとっては本来否定されるべきものであり、中国共産党が党益を、「国家」や「民族」のためと、僭称しているに過ぎない。特に「中華民族」という民族は歴史的文化的実体ではなく、虚構である。

その点で共産中国には、いかに強大な軍事力、武装力量を持とうと、あくまでも共産党のためのものであり、真の国防のためではないという、根本的矛盾がつきまとう。

習近平氏は2012年11月の党総書記兼党中央軍事委員会主席就任時に「軍事闘争準備が最も重要であるとの立場を堅持する」と表明している。

それ以来、反腐敗闘争を名目にして、権力闘争を進め独裁権力の確立に腐心してきた。軍に対しても徹底した腐敗一掃を要求し、郭伯雄、徐才厚らの江沢民派を粛清してきた。

また2015年頃から軍改革を断行し、30万人の兵員削減を唱え、これまで軍の利権構造の核心であり汚職腐敗の元凶となってきた、四総部(総参謀部、総政治部、総装備部、総後勤部)制と隷下の7個軍区制を解体した。

代わって、中央軍事委員会内部の機能的な15の中央幕僚機関とその隷下に統合軍である5大戦区が編成された。

その結果、軍事制度上は、中央軍事委員会主席が、地域統合軍となった5大戦区を、「堅固で強い戦区聯合作戦指揮システム」を通じて、直接指揮できることになった。

2017年10月の第19回党大会において、党規約に「習近平による新時代の中国の特色ある社会主義思想」という文言が盛り込まれ、習近平氏の独裁色が強まった。

2018年3月の全人代では、憲法第79条第3款の「国家主席と副主席の任期は2期を超えてはならない」との規定が改正され、国家主席の任期制が廃止された。

第19同党大会での習近平報告では、「中華民族の偉大な復興という中国の夢」を実現するための14の基本戦略が示された。

その筆頭には、「すべてに対する党の指導の堅持」が掲げられ、「党の人民軍隊に対する絶対指導の堅持」「全面的に厳格に党を管理することの堅持」も挙げられている。

また同党大会報告で明示された「中国の特色ある強軍への道」では、「精神的に優れた「革命軍人」の育成」および「人民軍としての特性と本質の保持」が冒頭で謳われている。

強軍のため、軍のプロフェッショナル化、軍務への専念が要求され、軍が民間の営利事業に関与し、あるいは軍人が副業をすることも、厳しく制約されるようになった。

規律維持のための法令の整備と遵守、「依法治軍」も強調されている。ただし、法令は党の意向に沿い定められ、司法の独立性はなく、党による軍に対する統制のための一手段と言える。

半面、規律強化に伴い、既得権を奪われた退役軍人の不満をなだめるため、「退役軍人の管理保証機構の構築」などの処遇改善施策もとられている。

このように、習近平主席の独裁権力、特に軍に対する指揮統率権は、毛沢東に次ぐほど揺るぎないものに、制度上は強化されてきた。

■頻繁な軍事パレードの意味

しかし今回も93歳の江沢民氏が両脇を抱えられながら、習近平の隣に並び、その健在ぶりを示した。白髪が目立ち弱った様子の胡錦涛氏とは対照的であった。

中国共産党の歴史では、軍事パレードは、時の中央軍事委員会主席が統治の成果を誇示する場として利用されてきた。

毛沢東は建国以来1959年まで11回連続で毎年軍事パレードを行った。それ以降長く途絶えていたが、鄧小平時代の1985年に再開された。

それ以降歴代の主席は、退任近くの在任間に1回軍事パレードを挙行するのが慣例であった。江沢民氏は15年ぶりに1999年に軍事パレードを行い、胡錦涛氏は2009年に軍事パレードを行った。

しかし、習近平主席は2015年の「抗日戦争勝利70周年」、2017年の「軍創設90周年」に続き、中央軍事委員会主席就任以来6年半で、これで3回目の軍事パレードを行っている。

なぜ、このように頻繁に軍事パレードを行うのだろうか?

習近平主席は、軍事力こそが、国際間の闘争における決定的なパワーであるとする、マルクス・レーニン主義、さらに「銃口から政権が生まれる」とする毛沢東思想の伝統的な戦略思想を継承している。

第19回党大会の基本戦略の一つである、「党の人民軍隊に対する絶対的指導の堅持」でも、「指揮系統を統一し、戦って勝てる優秀な人民軍を建設」することが「中華民族の偉大な復興という戦略目標を達成するための基盤」であるとされている。

この意味で、軍事力整備の成果を本物の部隊や装備で誇示できる軍事パレードは、習近平主席にとり、極めて重要な意義を持っている。

では、同氏が誇示しようとしている今回の軍事パレードの内容には、過去と比較してどのような特色があるのだろうか?

2019年10月2日、中国・参考消息はキューバメディアの報道を引用し、ロシア人軍事専門家バシリー・カシン(Vasiliy Kashin)氏による、今回の軍事パレードの重要性についての分析結果を報じている。

今回の軍事パレードのために中国は数カ月間をかけて十分な準備作業を行ってきたと記事は紹介し、軍事パレードの重要性は「未公開の武器の登場と中国の近年の軍事的進歩を示すこと」にあると論じている。

これまでの中国の軍事パレードを振り返ると、1999年に初めて大陸間弾道ミサイル(ICBM)の「東風31(DF- 31)」が公開され、2009年には中国の武装部隊の技術的な進歩が明らかになったと記事は指摘している。

「2009年の軍事パレードでは急速に主要国に追い付きつつあることが示され、国内外の人々の中国軍に対する印象を大きく変化させた」と述べている。

カシン氏によると、中国の軍事パレードは2015年からより注目すべきものになった。

当時、中国は戦略兵器の面で進歩を遂げており、初めて「東風5B(DF-5B)」ICBMと「東風16(DF-16)」「東風26(DF-26)」中距離弾道ミサイルが世界中の人の目に触れることになった。

その2年後には、人民解放軍創立90周年を記念する軍事パレードが行われ、移動式固体燃料ICBMの「東風31AG(DF-31AG)」が公開されたと記事は紹介している。

その上でカシン氏は、「今年の軍事パレードも例外ではなく、中国はこの機会に軍事面での成功をアピールした」とし、「中国は多くの『東風41(DF-41)』を一斉に展示した。

中国がこうしたミサイルを量産していること、および効率的に製造できる能力を有していることを示すものだった」と述べている(『Record China』2019年10月4日) 。

軍事パレードにおいて、「軍事闘争準備」に怠りがなく、「戦って勝てる」軍事力の建設が進んでいることを誇示することこそ、共産党と自らの独裁権力を維持するための力の源泉であると、習近平主席自らが確信していることを示唆している。

習近平主席の念頭には、毎年軍事パレードを挙行した毛沢東に自らをなぞらえ、毛沢東を継ぐ独裁者たらんとする意図もあるとみられる。

逆に言えば、習近平氏の場合は、軍務についた経験がなく、カリスマ性にも欠ける。

また江沢民氏の隠然たる権力に対抗するためにも、頻繁に軍事パレードを行うことにより、その実力を成果として何度も誇示しなければ不安になるという、習近平主席のコンプレックスが表れているとも言えよう。

軍事力の誇示によって実績を示さなければ自己の統治の正当性を党内の反対派や人民に納得させられないのではないかという不安は払拭されてはいない。

■戦力整備の進展とその脅威

習近平主席は、2020年までに人民解放軍の「機械化、情報化を全面的に進め」、建国百年の今世紀半ばまでに、「社会主義の現代化強国」を建設し、軍の理論、組織、人員、装備のすべての面で米軍に並ぶ「世界一流の軍隊」を造ることを目標として掲げている。

特に力を入れているのは、米軍の脆弱点であり優位を確立する余地のある、非対称戦と言われる分野である。

宇宙、サイバー、電磁波という新たな戦略的ドメインにおける「情報戦」を統括する部隊として、「戦略支援部隊」が創設された。

また、核・非核の戦略・戦域戦力を統括して指揮運用する「第二砲兵」は、他軍種並みの「ロケット軍」に格上げされた。

今回の軍事パレードでも、「情報戦」の要となる指揮統制通信・コンピューター・情報・警戒監視・偵察(C4ISR)関連システムとそれに連接した攻撃型、電子戦用、無線中継用など各種の無人機、無人潜水艇および各種のミサイル戦力が大々的に展示された。

また、機械化が進み、兵站関係装備が充実し、ミサイル運搬車両は荷重がかかっており実ミサイルが搭載されていると見られるなど、「戦って勝てる人民軍」を誇示する姿勢もうかがわれた。

2019年10月2日、中国メディアは、1日に行われた中国の軍事パレードで米メディアが注目した武器について伝える記事を掲載した。

その一つが、今回初めて披露された中距離弾道ミサイル「東風17(DF-17)」。

記事は「全天候型で中近距離の目標を正確に打撃できる」などと述べ、AP通信が「新型の極超音速兵器で、米国やその同盟国が配備するミサイル防衛システムを突破できるとされる」と報じたことを紹介した。

2つ目は「轟6N(H-6N)」。

今回初公開となったこの国産の長距離戦略爆撃機について、CNNは「H-6シリーズは長年、中国の核心的な長距離戦略爆撃機となっている。1日に公開された新型は、大幅なレベルアップがされていると思われる」と伝えたという。

3つ目は「東風41(DF-41)」。

記事は「大陸間弾道核ミサイルで、中国の戦略核兵器の重要な柱」と紹介し、CNNが「DF-41はこの先数年にわたって人民解放軍ロケット軍の装備における支柱となるだろう」と報じたと説明した。

地球最強の大陸間弾道ミサイルとも言われているという。

4つ目は「巨浪2(JL-2)」。

記事は、「この潜水艦発射弾道ミサイルも今回初めて公開された」と紹介。CNNは、潜水艦1隻当たり12発のJL-2を搭載することができ、その射程距離は7200キロとみられると指摘したという。

5つ目は「無人航空機と無人潜航艇」。

記事は「わが軍の新型作戦能力が長足の進歩を遂げていることを印象づける成果」と紹介。CNNはパレードでこれらが披露されたことを報じたという(『中国日報網』2019年10月2日)。

核・通常弾頭を兼用し、グアム・キラーと称される中距離弾道ミサイル「DF-26」も2015年以来引き続き登場している。

これらの装備は、日韓台やグアムに対し、ミサイル防衛システム(MD)を突破して攻撃できる核・非核による攻撃力が向上し、同時に、MDを突破して米大陸に攻撃が可能な戦略核戦力が増強されていることを意味している。

また、複数弾頭化に伴い、中国の核弾頭保有数も今後急増し、来年のGPS「北斗」の全面稼働に伴い、ミサイルの誘導精度もさらに向上するとみられる。

すなわち、A2/AD戦略の能力が向上するとともに、米中間の戦略核バランスが相互確証破壊にさらに近づいたことを示している。今後、米国の核の傘の信頼性はさらに低下し、グアム以西における米空母に対するリスクも高まるであろう。

また、2020年までの「全面的な機械化と情報化」のための各軍種の戦略方針が、2015年と2019年に発表された『国防白書』に示されている。

それらによれば、陸軍は地域防御型から「全域機動型」、「島嶼防衛などの機動作戦」重視へ、海軍は近海防御から「近海防御」+「遠海護衛」へ、空軍は防空主から「攻防兼備」の「遠距離攻撃」重視へと、転換を遂げている。

実戦配備された最新鋭ステルス戦闘機「J-20」、ステルス無人機「CH-7」、無人偵察機、極超音速巡航ミサイル「DF-100」なども登場した(『朝日新聞』2019年10月2日)。

今回登場したこれらの新兵器システムは、新たな戦略転換に対応するための戦力整備が着実に進展していることを示している。

これらは米軍が指摘する「接近阻止/領域拒否(A2/AD)」戦略を引き続き追求するとともに、米軍の脆弱点を突く、宇宙、電磁波、サイバー、無人兵器、AIなどの新領域、新装備での非対称戦を挑み、「新たな戦略的高地」における優位を獲得しようとする、戦略構想を反映している。

その意味では予想通りの装備であり、特に驚くべきものはないが、既定の戦略に沿った装備体系が、着実に進歩を遂げていることは明白である。

極超音速の滑空飛翔体とみられる「DF-17」、各種ドローンなど、米ロに先駆けて実戦配備しているとみられる兵器も登場している。

しかし、そのような強大な軍事力でも抑止できず統制が可能か不安を感じさせる内外情勢が迫っている。それが、習近平主席の憂慮の理由ではないだろうか。

■困難の度を増す内憂外患

習近平主席は、軍事パレードの演説において、「社会主義の中国は今日、世界の東方に屹立し、いかなる勢力も我が祖国の偉大な地位を揺るがすことはできない」とし、中国共産党による独裁体制下での成果を誇示し、その地位の堅固さを強調している。

また反中デモの続く香港については「一国二制度」を維持するとし、中台関係については「両岸関係の平和的発展を進め、祖国の完全な統一のために引き続き奮闘する」と強調している(『読売新聞』2019年10月1日夕刊、同10月2日)。

これらの言葉の背景には、内憂外患への危機感がある。

米国のドナルド・トランプ政権は、対中貿易戦争を発動し、中国の軍民両用分野での先端技術と経済面での覇権を許さないとする姿勢を強め、米議会では超党派で反中政策を支持する声が高まっている。

第19回党大会報告でも基本戦略の一つに、「一国両制と祖国統一の堅持」が謳われている。特に祖国統一のための台湾問題については、「(台湾同胞と)共同で、偉大な中華民族の復興の実現のために奮闘する」としている。

「一国二制度」を拒否し対米接近を強める台湾の蔡英文政権への警戒心は高まっている。蔡英文総統の再選を阻止することが、中国共産党にとり、当面最も重視すべき両岸政策であろう。

他方、香港では10月1日も「(今日は)国慶節ではなく、国に哀悼を捧げる日だ」「中国共産党は消えろ」と叫ぶデモ隊を、5000人の警察官を投入しても鎮圧できなかった。

警察官がデモに参加していた高校生に至近距離から実弾を発砲し、高校生が重傷を負うという事件も起きている。

香港の民主化を求めるデモは、犯罪者引き渡し条例の撤回声明後も収束する気配はなく、長期化するであろう。

経済面でも中国は、米中貿易戦争が起きる前から、「新常態」と言われる低成長に移行していた。それが米中貿易戦争に伴いさらに悪化している。

米国への輸出品に対する米側の関税引き上げ、それに伴う対米輸出の停滞、国内での企業倒産と失業者の急増、外国企業のインド・東南アジアなどへの移転、外資の中国投資の手控え、資金の国外逃避、外貨不足、元安と株価の下落などの現象が起きている。

このため、中国国内の経済・金融情勢は悪化し、今後さらに失業者が増加し、社会不安も高まっていくことと思われる。

その意味でも、習近平政権としては、香港や台湾の民主化運動が大陸に波及することを極度に警戒しているとみられる。

香港暴動を力で鎮圧することは可能であろうが、弾圧に踏み切れば、第2の天安門事件となり、国際的な反発を呼ぶことは必定である。

その結果、外国企業と外資の中国からの逃避、元の暴落と外貨の不足、米国の関税引き上げその他の追加的な対抗措置による輸出縮小など、経済と金融秩序も崩壊するおそれがある。

それは、全国的な暴動などの社会秩序の破綻、ひいては共産党独裁体制の崩壊すら招きかねない。

このように、習近平政権は巨大な軍事力を一手に指揮統御する体制を確立したものの、それを有効に生かせないままに、米国の貿易戦争と台湾、香港での民主派の活動という、間接的に中国共産党独裁体制崩壊を促進する諸要因により、身動きの取れない窮状に追い込まれつつあると言えよう。

■情報化社会が独裁体制にもたらす結末

もう一つの重要要因として挙げられるのは、中国が得意としてきた心理戦、輿論戦、法律戦(「三戦」)に代表される、広義の「情報戦」である。その目標は相手国の人心の変容、すなわち『孫子』の言う「謀を伐つ」ことにある。

典型的な新ドメインはサイバー空間である。

サイバー攻撃により、個人であれ国家主体であれ、狙った相手国国民の意識を変え抵抗意思を奪えば、『戦わずして、人の兵を屈する』ことができる。

情報化社会においては、サイバー空間を利用し、ほとんどコストをかけることなく、相手に正体を知られることなく匿名で、世界のどこに対しても誰に対しても、いつでも奇襲的なサイバー攻撃が可能である。

サイバー攻撃と共に、通常のインターネット空間においても、匿名性を悪用して、フェイク・ニュースの大量拡散などによる、受け手側の心理操作も容易にできる。

また、国家主体が組織的かつ広範に専門のサイバー部隊によって情報戦を行えば、相手国の輿論誘導や選挙介入、社会不安の増長、大量の秘密情報の窃取も可能になる。

 

一般に民主国家の言論空間では、開放性、言論の自由とプライバシーの尊重が前提になっているため、独裁体制に比較して、この種のフェイク・ニュースなどに脆弱である。

中国は独裁体制下で先端的なIT技術を駆使してデジタル監視社会を創り、人民一人ひとりを厳しい監視下に置き、反抗、反体制の芽を早期に摘み取り、社会全体の統制を強化することにより、共産党独裁体制を維持強化しようとしている。

しかし、そのような手法は、いったん社会秩序が弛緩し、ネット空間の統制力が弱まれば、反体制派、民主派、少数民族などの抵抗勢力が相互に連絡を取り、共同行動を起こすことも可能にすることになる。

いま香港で起きているデモも、そのような民主派の、自然的なSNSを介した横の連帯が生んだものであろう。

天安門事件当時に比べ体制側の治安維持能力や暴動鎮圧能力が質量ともに強化されているにもかかわらず、効果的なデモの取り締まりができないのは、そのような反体制派、民主派の抵抗組織の柔軟性と参加者相互の情報交換のネットワークの強靭さによるものであろう。

今後も、情報化は加速的に進展していくものとみられるが、共産党独裁体制がいつまでもネット空間を監視し支配できることはないであろう。

皮肉なことだが、中国が世界に先行しているとする5Gの進歩が、中国共産党の監視や統制が利かない、情報の量と速度の交換を実現し、体制を揺るがすことになる可能性は高い。

ソ連が崩壊したのも、ロナルド・レーガン政権が挑んだ、軍拡競争による経済破綻が原因ではない。そのような大規模な軍拡をゴルバチョフ政権は行っていない。

むしろゴルバチョフ氏が奨励した「グラスノスチ」と言われる情報の開示、自由な発言の容認が、体制のタガを弛緩させ、その隙間からまず東欧圏で、次いでソ連国内で、一気に噴出した自由と民主化を求める民衆の声を軍や警察力でも抑圧できなくなったことが原因である。

同じことはいずれ、中国共産党の独裁体制でも起こるものとみられる。ソ連軍は米軍と並ぶ、世界第2の軍事大国であった。それでも、体制を締め付けていたタガが緩むと、ほどなくして内部から崩壊してしまった。

冷戦末期、東欧では家々に鍋などを改造したパラボラアンテナが立てられ、西側の衛星放送を民衆は見ていた。

西側の自由と豊かさを東欧の民衆は熟知していた。共産党の嘘にも民衆はとっくに気づいていた。同じことは、中国でも都市部などを中心に起こっている。

香港や台湾の民衆と同じ思いを、中国大陸の多くの民衆も共有しているはずである。後はいつ独裁のタガが緩むかというタイミングの問題であろう。

しかしその時期はそう遠くはないとみるべきであろう。それほど、情報のグローバル化の速度と変化は激しい。

習近平中央軍事委員会主席の権力は、制度的には過剰なほどに保証されているが、それがどれほど実を伴ったものか、どれほどの将兵が、自らの命に代えても、習近平と中国共産党の独裁を守り抜く覚悟を固めているのかは、誰にも分からない。

ソ連という巨大な社会主義帝国が崩壊した時、ソ連に殉じ自決したのは、アフロメーエフ元帥ただ一人であった。


本コラムは<jbpress.ismedia.jp>からの転載です。
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発表時期:2019.10.8

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