コラム

米韓首脳会談後の「ワシントン宣言」の意義 ―韓国の自国核開発放棄の約束は守られるのか?―

米韓首脳会談後の「ワシントン宣言」の意義

―韓国の自国核開発放棄の約束は守られるのか?―

矢野義昭

 

今年4月26日、ジョー・バイデン米大統領と韓国の尹錫烈(ユン・ソンニョル)大統領は、ワシントンD.C.で会談し、北朝鮮に対する両国間の拡大抑止強化で合意したと報じられている。

その背景には、北朝鮮の核ミサイル脅威の高まりがあることは明らかだが、会談の成果に韓国世論は納得するのだろうか?またその影響は朝鮮半島のみに止まるものではなく、わが国にも深刻な問題を突き付けている。

 

1.実戦化を目指し高まる北朝鮮の各種核ミサイルの脅威

 

北朝鮮は既に2017年の頃から、ミサイルのエンジン増産に力を入れてきた。朝鮮中央通信は同年8月23日、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長が国防科学院化学材料研究所を視察し、研究所を拡張して、発射準備時間を短縮できる弾道ミサイルの固体燃料エンジンや弾頭を次々と製造するよう指示したと伝えている(『産経ニュース』2017年7月23日)。

その成果が、昨年から現れている。

昨年10月10日、北朝鮮の朝鮮中央通信は10日、9月下旬から7回実施した弾道ミサイル発射について、戦術核の運用部隊による訓練だったと報じた。金正恩総書記が指揮したとしている。

報道によると9月下旬以降のミサイル連射は具体的な戦術目標を定めて実施した。9月25日は北朝鮮北西部の「貯水池水中発射場」から撃ったとし、山に囲まれた水面からミサイルが飛び出す写真を公開した。小型の潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)とみられる。

また他の発射についても目的などを説明した。9月28日は戦術核による韓国の飛行場を無力化させる訓練とした。10月9日未明の発射は「敵の主要港への打撃を模擬した超大型放射砲の射撃訓練」と位置づけた。

日本上空を通過した10月4日のミサイルは「より強力で明白な警告を敵に送る」ためだったと記した。「新型の地対地中長距離弾道ミサイル」を使ったとし、4500キロメートル離れた太平洋上の目標水域を打撃したと主張した。

また、相次ぐ発射は米国の原子力空母「ロナルド・レーガン」の日本海への展開や日米韓の共同訓練に対する「軍事的警告」としている(『日本経済新聞』2022年10月10日)。

今年1月1日、朝鮮中央通信が、昨年12月26〜31日に開かれた党中央委員会拡大総会での金正恩朝鮮労働党総書記の発言として以下の内容を報じている。

金正恩総書記は、核弾頭の保有量を「幾何級数的に増やす」と述べ、戦術核兵器を大幅に増産する方針を示した。2023年の核武力・国防戦略の中心に据えるという。戦術核は韓国への攻撃を念頭に置くもので、韓国の尹政権との対決姿勢を鮮明にした。

金正恩氏は、自国への軍事的圧迫を強める日米韓に対抗できる「圧倒的な軍事力強化」が求められていると主張。迅速な反撃能力を確保する新型の大陸間弾道ミサイル(ICBM)開発も掲げた。固体燃料エンジン搭載型のICBMを指すとみられる。また、近く北朝鮮初の軍事偵察衛星の打ち上げを行うと予告した。

金正恩氏は国際情勢の構図が「新冷戦」に転換したと言及。中国やロシアと連携し、日米韓への強硬姿勢を続けると示唆した形だ(『東京新聞』2013年1月2日)。

昨年の12月31日には平壌で、韓国攻撃用の口径600ミリの超大型放射砲30基の「贈呈式」が行われ、金正恩氏が「南朝鮮(韓国)全域を射程圏に収め、戦術核搭載もできる」と述べた(『共同通信』2023年1月1日)。

今年3月24日、金正恩氏が、核兵器を搭載可能だと主張する、新たな水中攻撃ドローン(無人艇)の存在を明らかにし、「水中爆発で超強力な放射能の津波を起こして敵の艦船集団と主要作戦港を破壊、掃滅する」ものだとした。

3月28日に北朝鮮は、短距離ミサイルに搭載可能な小型核弾頭とみられる物体を、国営メディアを通じて初めて公開している。北朝鮮は長らく、韓国国内の標的を攻撃できる戦術核兵器を保有していると主張してきたが、その証拠を示したのはこの時が初めて(ジーン・マッケンジー『BBC NEWS JAPAN』2023年3月29日)。

北朝鮮国営の朝鮮中央通信は今年3月28日、金正恩総書記が「核兵器化事業」を前日の27日に指導したと報じた。金氏は「兵器級核物質生産を展望をもって拡大し、引き続き威力のある核兵器の生産に拍車をかけるべきだ」と述べ、核兵器の増産を加速させるよう指示したとしている。

同通信は、金氏が核弾頭とみられる「ファサン31」と一緒に写る写真も公開した。短距離弾道ミサイルに搭載される「戦術核弾頭」の可能性がある(『毎日新聞』2023年4月28日)。

北朝鮮は今年4月18日に、初の固体燃料式のICBM「火星18号」の発射実験を行ったと発表した。固体燃料のミサイルは即応性が高く移動化も容易で、軍事用として実用性が高く、これで北朝鮮はまたより実戦的な核投射手段の保有に一歩近づいた。

戦術核兵器についても、増産の指示を出し、様々な状況下での発射訓練を行い、実物とする核弾頭の写真を公表するなど、戦術核兵器を米韓軍や米空母に対して実戦下で使用するための訓練を重ねていることを強調している。

浜田靖一防衛大臣も昨年10月13日の衆議院連合審査会の席上、「北朝鮮の核兵器計画は相当進んでいる。少なくとも中距離弾道ミサイル「ノドン」「スカッドER」といった、わが国を射程に収める弾道ミサイルに核兵器を搭載して攻撃するために必要な核兵器の小型化、弾頭化などをすでに実現しているものと見られる」、また、「弾道ミサイルの発射兆候の早期把握や迎撃はより困難になっている」と述べている(『NHK NEWS WEB』2022年10月13日)。

 

2.北朝鮮の核ミサイル脅威に警戒感の強まる韓国世論

 

このような北朝鮮の核ミサイル脅威の高まりに対し、韓国内では米国が提供を約束している、「拡大核抑止(核の傘)」の信頼性について疑念が高まり、韓国独自の核保有を求める声が高まっている。

韓国の統一研究院が2021年末に発表した「統一意識調査」では、韓国の核保有に賛成した人が7割を超えた。調査は2021年秋、韓国の18歳以上の男女約1千人に対面方式で行われた。

韓国の核兵器保有に賛成する人は71.3%を占めた。韓国による原子力潜水艦開発に賛成の人は75.2%だった。最近では、韓国の峨山政策研究院が2021年9月に発表した調査でも、69.3%の人が「韓国は核開発に進むべきだ」と答えていた。

統一研究院の調査では、南北統一後の核保有も認める人が61.6%にのぼった。調査報告書では「北朝鮮の核からの安全確保を超え、周辺の強大国から主権と生存権を確保する手段として核兵器の保有が必要だと考えている」と分析している(『The Asahi Shimbun Globe』 2022年1月12日)。
最新の今年4月に発表された調査結果によれば、韓国独自の核保有に過半数が賛成している。

調査会社のリアルメーターが、エネルギー経済新聞からの依頼で4月20~21日に全国の成人男女1800人を対象に調査した集計結果によると、韓国の独自核武装保有に56.5%(非常に賛成29.8%、賛成26.7%)が肯定的だった。反対は40.8%(非常に反対24%、反対16.7%)、よく分からないは2.7%となった。
核保有賛成の理由としては‘北朝鮮の核脅威に対抗’が45.2%で最も多かった。続いて、‘南北核保有のバランスが国益に役立つ’(23.3%)、‘朝鮮半島有事における米国の支援への信頼不足’(17.0%)、‘国際情勢上、米国の朝鮮半島戦術核再配置への信頼不足’(10.6%)などが挙げられた。
反対理由としては、‘核禁止条約加盟国として国際社会の制裁被害’が44.2%で最も多く、‘周辺国の核武装をあおる恐れ’(29.4%)、‘北朝鮮との関係がさらに悪化する恐れ’(18.3%)、‘米国の積極的な支援に対する信頼’(3.3%)などが挙げられた。
また、回答者の半数以上は4月26日に開かれる尹大統領とバイデン米国大統領との首脳会談で核兵器保有に対する議論が必要だと答えている。
尹大統領が今回の首脳会談で、北朝鮮の核脅威と韓国の核兵器保有問題を提起すべきだとの意見に賛成は55.5%(非常に賛成30.9%、賛成24.6%)、反対は39.1%(非常に反対26.4%、反対12.7%)だった。
なお、北朝鮮の武力挑発の可能性に関する質問に対し、‘可能性がある’(57.8%)と考える回答者は‘可能性がない’(40.7%)より多かった(『WoW! Korea』2023年4月23日)。

このように韓国世論の過半数は核保有に賛成であり、その理由として、北朝鮮の核脅威の高まりに対抗し、力の均衡を維持するために必要との認識が賛成者の約7割を占めている。

また、米国の朝鮮半島有事の支援あるいは戦術核兵器配備に対する不信感も核保有の理由として挙げられており、米韓首脳会談でも尹大統領に核保有問題を出してほしいという要望が過半数に上っている。

このような韓国世論の背景を踏まえて、尹大統領は今回の米韓首脳会談に臨んだとみられる。

 

3.米韓首脳会談の合意事項

 

今年4月27日付『BBC NEWS』によると、26日の米韓首脳会談について、以下のように報じられている。

米政府は、同国の北朝鮮に対する核兵器使用計画に、韓国が関与することを認めた。韓国はその見返りとして、自国の核兵器を開発しないことに合意した。

バイデン氏は、「ワシントン宣言」と呼ばれる今回の合意が、北朝鮮の攻撃を抑止するための同盟国間の協力を強化するだろうと述べた。

尹氏は、ウクライナ戦争や気候変動、サイバー協力、核問題などを話し合うため、国賓としてワシントンを訪問している。

会談後の共同記者会見で、尹氏は今回の訪問の目玉である「ワシントン宣言」について説明。核兵器を含む軍事力を用いた攻撃を抑止し、アメリカの同盟国を守るというアメリカの取組である拡大抑止を強化する「前例のない」一歩だと述べた。

「朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)のエスカレートした行動に対応するための、抑止力の強化だ」とバイデン氏は述べた。

複数の政府高官は今週、記者団に対し、新たな合意は数カ月にわたって行われた交渉の結果だとしていた。

今回の合意のもと、アメリカは「1980年代初頭以来行われていない、弾道ミサイル搭載可能な米原子力潜水艦派遣を含む、戦略資産の定期的な配備を通じて、抑止力をより可視化する」措置を講じることを目指すと、複数当局者は、記者団に述べていた。

米韓はまた、核・戦略計画をめぐる問題を議論するための、核協議グループを発足させるという。

韓国の政治家たちは、北朝鮮に対して核兵器をいつ、どのように使用するのかというアメリカの計画について、韓国のさらなる関与を認めるよう、長らく米政府に要求してきた。

北朝鮮の核兵器の大型化・高度化が進むにつれ、韓国の人びとはバイデン氏が何をきっかけに、自分たちに代わって核のボタンを押すことになるのか見当もつかない状況に、警戒心を強めてきた。米政府が韓国を見捨てるかもしれないとの不安から、韓国は独自の核兵器を開発すべきだとの声も上がっている。

しかし1月、尹氏は韓国大統領として数十年ぶりに、アメリカの核兵器運用への韓国側の関与強化を交渉のテーブルに上げ、ワシントンの政治家たちを驚かせた。

安心させるような言葉やジェスチャーではもはや通用しないことを、アメリカは突如つきつけられた。韓国に、独自の核兵器製造を思いとどまらせるには、何か具体的なものを提示しなければならないことが、はっきりと示されたのだった。

さらに尹氏は、「具体的な」進展を遂げて帰国することを期待していると、明言した。

核協議グループの発足は、韓国政府が求めていた韓国の関与強化は達成することになるが、国民の不安を払しょくできるかについては大きな疑問が残る。

北朝鮮が攻撃してきた際に、韓国を守るために核兵器を使用するという、アメリカの完全なコミットメントを約束するものではない。

しかしバイデン氏は28日、「アメリカやその同盟国やパートナーに対する北朝鮮の核攻撃は容認できず、そのような行動を取る政権は終わりを迎えるだろう」と述べた。

核武装した潜水艦が40年ぶりに韓国に派遣される計画により、アメリカのコミットメントの重要性は増している。

この見返りに、アメリカは韓国が非核保有国であり続けること、そして核兵器不拡散の忠実な擁護者であり続けることを求めてきた。アメリカは韓国の核武装を阻止することが不可欠だと考えている。そして、それに失敗すれば、他国も韓国に追随するかもしれないと恐れている。

しかしこのコミットメントが、韓国の学者や科学者、与党議員など、韓国政府による核武装を声高に推進する有力グループにどのように受け止められるのかは不透明だ。

以上が、『BBC NEWS』が報じた、「ワシントン宣言」の内容である。

これに対し、4月28日、金正恩総書記の実妹で有力者の金与正(キム・ヨジョン)氏は、「ワシントン宣言」について、「われわれは、核戦争抑止力の向上と、特に抑止力の第二の任務にさらに完璧であるべきだという事実を改めて確信した」と述べた。

また、「敵の戦争演習の熱狂に比例し、我々の自衛権行使も増大するだろう」、今回の動きは「最も敵対的で侵略的な行動意志が反映された極悪な対朝鮮敵視政策の集約化した所産として、北東アジア地域と世界の平和と安全を一層危険にさらす結果を招くであろうし、間違いなく歓迎されない行為となる」と述べたと、北朝鮮国営の朝鮮中央通信(KCNA)は報じている。

中国は、「拡大抑止を強化する前例のない一歩だ」との発言に対し、「意図的に緊張をあおり、対立を挑発し、脅威を誇張するもの」だと警告した(『BBC NEWS』2023年5月1日)。

このように、「ワシントン宣言」に対し、北朝鮮も中国も強く反発しているが、韓国内の核保有論者を納得させられる内容だったかどうかについて、慎重な検討が必要である。

 

4.拡大抑止力の真の強化を必ずしも保証しない「ワシントン宣言」

 

米韓は同盟関係にあり、1954年11月17日に発効した「米韓相互援助条約」第二条には「締約国は、いずれか一方の締約国の政治的独立又は安全が外部からの武力攻撃によって脅かされているといずれか一方の締約国が認めたときはいつでも協議する。締約国は、この条約を実施しその目的を達成するため、単独に及び共同して、自助及び相互援助により、武力攻撃を阻止するための適当な手段を維持し発展させ、並びに協議と合意による適当な措置を執るものとする。」と規定されている。

すなわち、韓国が政治的独立又は安全が脅かされていると認めれば米国は「協議」することが義務付けられている。今回の核協議グループの発足も、この「協議」のための枠組みの一つとして、核問題について協議し情報交換を行う場とすることで合意したものであろう。

NATO(北大西洋条約機構)の最高司令部にも類似した協議体として「核計画グループ(NPG)」が設けられている。その役割は、「NATO同盟国間の核問題に関する最上位機関として活動し、核戦力に関連した特定の問題について議論することにあり、同盟国の核計画は継続的に見直し、かつ新しい情勢の進展に照らし修正しそれに適合させる」と規定されている。ただし、最終的権限は北大西洋会議(North Atlantic Council )にあることが明記されており、NPGは核軍備管理、核拡散問題などより広範な問題も議論するとされている(NATO – Topic: Nuclear Planning Group (NPG) as of May 6, 2023)。

NPGはもともと、ロバート・マクナマラ国防長官時代に、欧州独自の核兵器保有を認めず、核を最初に使用する(First Use)の権限を米大統領に集中するとの方針に転換した際、欧州のNATO同盟国に核計画への関与を形式的に認め、なだめるために設立されたものである。自ら独自核保有をするため参加を拒否したフランス以外のすべての加盟国は参加が認められている。

その背景には、「象徴的」な核共有(Nuclear Shearing)という米国側の思惑があった。ヘンリー・キッシンジャーはこの型のNATO同盟国との核シェアリング゛は、「象徴的」なものに過ぎないと評している。

ドイツ、イタリア、ベルギー、オランダ、トルコ、カナダ、ギリシアなどが当初加盟したが、ギリシアとカナダは脱退している。

当初の核シェアリングの仕組みは、シェアリングを求める国と米国が協定を交わし、当事国は平時から自国領域内に米国の核弾頭の弾薬管理部隊を展開させ、模擬核弾頭を使い訓練もしておく。またNPGを通じて情報交換をし、あるいは核作戦計画、攻撃目標について意見を述べることもできる。

さらに、緊急時になり、米国大統領が認可すれば、核弾頭を譲り受け(hand over)それを使用するというものであった。

この方式では、戦闘爆撃機による敵領内への核攻撃が想定されていたが、現在では、ロシアの濃密な対空ミサイル網をかいくぐり、敵領土深部にある攻撃目標を攻撃するのは不可能に近いとみなされ、実効性を失い、訓練もあまり行われなくなっている。

しかし、基本的な核シェアリングの方式と核戦略概念は、当初と変化はなく、2021年のマドリッド会議でも以下のような、NATOとしての核戦略が合意されている。

すなわち、NATOは、「信頼でき効果的で安全で保全された核抑止任務に必要なあらゆる方法を執る。同盟諸国は、すべての領域、すべての局面の紛争でのよりいっそうの能力と活動の統合一体化を保証することに尽力する」とされている。

戦略核戦力については、明確に、米国の戦略核戦力が「究極の同盟の安全を保障するもの」とされ、それを英仏の独立的な核戦力が独自の役割で補完するものと規定されている。

すなわち英仏の核戦力は、潜在敵国がNATO側の対応を見積るに当たり複雑性を増すことなどにより、自国と同盟諸国全体の核抑止力上の役割を果たすものと位置付けられている(NATO – Topic: NATO’s nuclear deterrence policy and forces as of May 6, 2023)。

このように、NATOの核シェアリング態勢は、米国の核抑止力に根幹を依存し英仏の独自核に補完的役割を認めているのが実態であり、創設当時の「象徴的」な核使用計画への同盟国の関与を認めているに過ぎないことには今も変化はない。

しかし、韓国が今回合意した米国との核協議グループでは、韓国が要求した戦術核兵器の朝鮮半島への再配備は認められず、ドイツなどNATO同盟国並みに国内に米国の核弾頭を平時から配備し訓練もしておくという側面は認められていない。その点は、韓国として不満の残る点であろう。

韓国の『The Hankyoreh 日本語版』(2023年4月27日)は、以下のように、否定的に報じている。

 「韓米核協議グループにおける韓国政府の影響力が、米国とNPGにおける欧州諸国の影響力より強いかは疑問だ。米国とNATOの核共有の代表的な象徴は、核計画グループを通じた「共同核計画」だ。共同核計画とは、核による脅威の状況を仮定し抑止策を共同で模索するとともに、いつ、いかなる状況で、いかなる方法で核と非核オプションを選び、稼働させるかを事前に準備することだ。

NATOの国防相らが年に2回参加する核計画グループは、核兵器と関連した政治的統制、集団政策決定、核抑止・核政策・核態勢について論議する場であり、NATO共同核計画の中核機関だ。核計画グループにはNATO各国が派遣した核の専門家で構成された核計画理事会を含め、NATOに常駐する実務組織がある。すなわち、米国とNATO同盟国の間には核計画の議論が「常設制度化」されているわけだ。

しかし、「韓米核協議グループ」には韓国が米国の核計画や核決定に参加できるチャンネルはない。NATO式核共有はベルギー、ドイツ、イタリア、オランダ、トルコの5カ国に戦術核爆弾を配備しているが、韓国には戦術核配備を排除したのも大きな違いだ。

ホワイトハウスのジェイク・サリバン国家安保補佐官など米高官たちは「韓国は核拡散防止条約(NPT)をしっかり守っている」と強調し、韓国の一部で提起されている「朝鮮半島への戦術核配備」や「独自核武装」の主張には否定的な立場を示している」としている。

米国の潜水艦はすべて原潜だが、戦略核戦力の三本柱(トライアッド)の一つである、弾道ミサイル搭載型原潜(SSBN)と攻撃型原潜(SSN)の2種類がある。

そのうちSSNは、敵潜水艦と水上艦艇の探索・撃沈、トマホーク潜水艦発射巡航ミサイルと特殊部隊による敵地上領域への戦力投射、情報・警戒監視・偵察(ISR)任務の遂行、戦闘群の作戦への支援、機雷戦の実施などの任務を有している(Attack Submarines – SSN > United States Navy > Displayy-FactFiles as of May 6, 2023)。

韓国のような前方に寄港するのはSSNだが、母港になるわけではなく、核打撃力のプレゼンスの強化とは言えない。潜水艦作戦は隠密に行うのが原則であり、SSNが定期的に韓国の港湾に寄港することを誓約するのは、潜水艦作戦の運用上の負担になるのではないかと思われる。

2021年12月13日付の『ニューヨーク・タイムズ』紙は、韓国は2021年12月から小型モジュール原子炉の開発に着手しており、2027年の完成を目指している。また、この原子炉開発には韓国が原潜を建造するとの野心がうかがわれると報じている(South Korea Has Long Wanted Nuclear Subs. A New Reactor Could Open a Door. – The New York Times (nytimes.com as of May 6, 2023)

この韓国の原潜用とみられる小型原子炉開発への動きは、2021年10月20日に北朝鮮が潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の発射に成功したと公表したこと、2021年9月15日にオーストラリアがAUKASの枠内で、米英の支援の下に2030年代に原潜を保有することで合意したことに対抗した措置ともみられる。

しかし韓国自からは既にSLBMの開発にも着手しており、2021年9月19日にSLBMの発射試験に成功している。

このような動きに対し、今回の「ワシントン宣言」は、米国原潜の韓国寄港を誓約することで、韓国の自国独自の原潜開発への動きを牽制しようとするバイデン政権の動きとみられる。

ただし、韓国の潜水艦技術については様々の困難を抱えているとも伝えられており、予定通りに韓国が原潜の建造に成功するかどうかは疑問である。またその目的についても北朝鮮の核ミサイル脅威を抑止・対処するには通常動力型でも十分で原潜保有の必要性は乏しいとの指摘も米国などの専門家から指摘されている。2021年12月13日付の上記『ニューヨーク・タイムズ』紙も同様の見方を報じている。

しかし、「ワシントン宣言」が、韓国の核作戦計画への関与を認めたことも、米原潜の寄港も、上記分析から明らかなように、象徴的な意味合いに止まり、実効性のある拡大抑止力の提供を保証したものとは言えない。韓国の原潜保有への動きは今後も止まらないとみるべきであろう。

 

5.中ロとの核対決をもたらすリスクがある北朝鮮への米国の報復

 

北朝鮮は中国と現在も軍事同盟関係にある。現在も効力を持っている中朝友好協力相互援助条約第二条では「両締約国は、共同ですべての措置を執りいずれの一方の締約国に対するいかなる国の侵略をも防止する。いずれか一方の締約国がいずれかの国又は同盟国家群から武力攻撃を受けて、それによって戦争状態に陥ったときは他方の締約国は、直ちに全力をあげて軍事上その他の援助を与える」と規定されている。いわゆる「自動参戦条項」であり、同条項は今も効力を持つ。

「ワシントン宣言」直後の4月28日に、前述したように、バイデン大統領は、「アメリカやその同盟国やパートナーに対する北朝鮮の核攻撃は容認できず、そのような行動を取る政権は終わりを迎えるだろう」と述べている。

しかし中朝間の自動参戦条項に照らせば、その場合には、中国は、「直ちに全力をあげて軍事上その他の援助を与える」ことになる。すなわち、中国側の核報復を含む北朝鮮への軍事援助が発動され、米中核戦争の危機が現実化するおそれがある。

このようなリスクを伴うことを承知の上で、28日のバイデン発言がなされたとすれば、その北朝鮮の政権を打倒するような反撃が、中国との戦争リスク特に核報復を招かずに可能とする、軍事的措置を含めた具体的な対応策が実行できる見通しがなければならない。しかし、そのような具体策は示されていない。

言い換えれば、バイデン発言履行の信頼性は乏しいと判断せざるを得ない。

付言すれば、ソ連崩壊後に仮調印され、2000年2月9日に正式調印された、ロ朝友好善隣協力条約も効力を持っている。その中では、ソ朝友好協力相互援助条約時代の軍事同盟条項は削除されたが、ロ朝間の親密な友好国家の関係は継続されている。近年の北朝鮮の頻繁な各種ミサイル発射試験の背景にも、ロシアの軍事技術提供などの軍事支援の可能性がある。

他方で中ロは戦略的な協力的パートナーシップ関係にあり、ウクライナ戦争により、両国の関係は安全保障面も含めさらに親密になったとみられている。すなわち、中国を介して、中ロ朝3国の核戦略を含む安全保障上の連携関係は、かつてなく強まっているとみるべきであろう。

中ロの核作戦計画について公表されたことはないが、両国間の核戦略上の連携が強化され、双方とも相手国を核攻撃目標から外し米国のみを攻撃目標とするならば、米国は戦略核のレベルでも、パリティのロシアに加え、最大の人口を持ち、戦略核戦力の質的量的増強を進め、中距離の戦域核戦力ではインド・太平洋正面で圧倒的優位に立つ中国とも対決しなければならなくなる。

戦術核戦力では、長大な国境線を守る必要性からソ連時代から短距離戦術核兵器の配備を重視してきたロシアは、今も約1800発の戦術核兵器を保有している。米国は戦術核兵器を大幅に削減しており、今では数百発を保有するにすぎず、ロシアが圧倒的に優勢である。

このように、中ロが一体になれば米国は、戦略・戦域・戦術各レベルにおいて劣勢となる。そのため、米国は中ロに対しては核戦争にエスカレートするおそれのある軍事挑発はできない。すなわち、米国の同盟国に対する拡大核抑止の信頼できないことになる。

さらに北朝鮮の核戦力も、米国本土に届くICBMを含め、固体燃料使用、弾頭の小型化、射程増大などの質的向上が見られ、SLBMや韓国向けの戦術核兵器の配備も進むなど、その脅威を高めている。

中ロ朝の核戦力の連携が進めば、米国の拡大核抑止に対する不安が増大するのは、大陸国に隣接し北朝鮮と地続きで今なお休戦状態で対峙している韓国としては、当然であろう。

 

6.日本の立場と採るべき選択

 

「ワシントン宣言」が、韓国世論の原潜保有、独自の核戦力保有を目指そうとする動きの背景にある不安を宥めることに成功するとは期待できず、北朝鮮と同様に、韓国も独自の核戦力保有に向け、歩みを進めることになるであろう。

このような韓国の核保有への動きは、隣国日本にも深刻な影響を与える。韓国は日本と同じく米国の同盟国である。その韓国が核戦力を保有し日韓に重大な国益対立が生じた場合に、米国の拡大核抑止力が日韓いずれに保証されるのか、あるいはいずれにも保証されないのかが問われることになるであろう。

日本も、米国の核の拡大抑止が保証されなくなる事態も予期し、韓国に後れを取ることなく、独自の原潜と核戦力保有に踏み切る時にきている。

本コラムは<jbpress.ismedia.jp>からの転載です。
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