コラム

脅威の認識

河原昌一郎

 巷間よく言われることであるが、幕末から明治にかけて、日本が列強の侵略を免れたのは、当時の日本が武士階級の支配する準軍事国家であり、各国の軍事情勢や国際問題に敏感で、日本にとっての脅威がどこにあるのか比較的よく認識できたためであるという。明治の日本の発展は、もちろんこれだけで説明できるものではないが、このことは日本が独立を維持し得た重要な要素であったことも否定されないだろう。脅威の所在とその大きさの程度を的確に認識し、その脅威の軽減に努めるとともに、適正に備えることは、国家の指導者がいかなることがあってもゆるがせにできない安全保障政策の基本である。

 ところが、脅威に備えるという基本的なことが伝統的にできない国がある。言わずと知れたお隣の韓国である。2017年10月31日に中韓両国政府から中韓関係改善に関する「合意文」が公表されたが、その主眼点は、前日の10月30日に韓国国会で外交部長官が答弁した①米国とはミサイル防衛(MD)システムを構築しない、②THAADの追加配備は行わない、③日米韓三国同盟は結成しないという三点であった。これらは「3NO」と言われ、いずれも韓国の安全保障に重大な影響をもたらすものであるが、とても韓国にとっての脅威を適正に認識したものとは思われない。米国とMDシステムを構築せずに、軍事衛星も持たない韓国が独自のMDシステムで的確に対応できるのだろうか。THAADの追加配備も脅威に応じて柔軟に考えなければ安全は保障されない。とりわけ、同盟問題は国家の運命を左右する重大な主権上の問題であり、あらかじめ枠がはめられるのは属国としての扱いと同様である。

 この一方で、韓国は、10月28日に公表した米韓安保会議の共同声明で、米国との間でMDシステムを強化することを表明している。米国とは、中国と約束したことと矛盾することを約束しているのである。

 韓国は、日清戦争前には日本と清国との間を揺れ動き、日露戦争前には日本と協調するように見せながらロシアに頼ろうとして、日本の不信感を増大させた。そして今は、自国にとっての脅威を十分に考えず、また、自国の安全保障を深く傷つけていることも自覚せず、米国と中国の両方にいい顔をしようとしている。

 韓国にとっての脅威は、直接的には北朝鮮であり、そして実質的には北朝鮮を背後で支援する中国であるはずである。日本ではない。自国の脅威を的確に認識できず、それに備えることもできない国は、いずれ独立を失い、いずれかの国に併合されるほかはないだろう。ただし、その国はそれでよくても、そうした事態を許すことが周辺国の安全保障に深刻な影響を与えることもある。韓国の問題は、日本の安全保障政策にとって、常に一つの撹乱要因なのである。


発表時期:2018年2月
学会誌番号:43号

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