河原昌一郎
一国の食品安全のレベルは国民意識によって定まると言われる。国家の安全保障に関することはとりあえずさておき、安全と国民意識との関係をまず身近な食品安全の問題で見てみたい。
食品の摂取は人間の生存にとって不可欠であるが、同時に、食品の摂取は健康被害をもたらす可能性すなわちリスクを伴っている。健康被害の原因には、農薬の残留、添加物の乱用、病原微生物の増殖等があり、これらは危害発生原因と言われる。危害発生原因を正しく認識し、健康被害を起こさないような措置を講じ、危害が発生した場合でも危害を最小限にとどめるような備えをしておくことが食のリスク管理であり、また食品安全問題と言われるものである。
食品安全の確保のためには、消費者、政府および食品業者の三者が三位一体となって機能することが必要である。すなわち、消費者は食品安全についての認識を高めることによって政府への要請、食品業者の監視を行い、政府は消費者への知識の普及、食品業者に対する指導を行い、食品業者は食品安全に関する情報の提供、良質な食品提供についてのモラルの維持に努めなければならない。
そして、こうした三者の相互作用の中で最も重要視されるのが消費者の意識である。消費者の意識が高ければ政府の食品業者への指導も厳格に行われ、食品業者のモラルも高く維持されよう。逆に消費者の意識が不十分で食品業者への適切な監視が行われなければ、食品業者のモラルは低下し、食品安全のレベルも下がる。消費者すなわち国民の食品安全に関する意識が、結局のところ、その国の食品安全のレベルを決めるのである。
我が国での食品安全レベルが比較的高く、中国での食品安全に問題が多いのは、まさに食品安全に関する国民意識の差が反映したものと考えることができる。中国では、体制的制約から、消費者による食品業者の監視が事実上行われておらず、食品業者のモラル低下を招くとともに、消費者意識の向上を妨げている。
それでは、ひるがえって国家の安全についてはどうであろうか。食品安全の消費者、政府および食品業者に相当するものは、国家の安全では国民、政府および防衛(軍)組織であろう。この中で、国民は政府の意思決定に関与し、有事には防衛組織の活動への支援等を行うことが期待されている。食品安全と同様、国家の安全についても国民意識が決定的に重要な役割を果たすことは異存のないところと思う。
ところが、我が国においては、国家の安全についての国民意識がそれほど高いようには思われない。これには教育のあり方、マスコミ報道の問題等の各種の要因が考えられようが、政府および防衛組織と国民との相互作用にも反省すべき点があったように思われる。我が国の安全保障問題に関する政府の国民に対する啓蒙・普及努力や、国民の理解・信頼を得るための防衛組織の努力は十分だったであろうか。現状の国民意識で有事に的確な対応ができるのであろうか。
我が国の安全保障をめぐる環境が大きく変化している今日、国家の安全に関する国民意識向上の必要性が痛切に感じられるのである。
発表時期:2011年8月
学会誌番号:17号