河原論説

中国「一帯一路」の虚像

河原昌一郎

 2017年5月14日、15日の2日間、いわゆる「一帯一路」国際会議が北京で開催された。報道されたところによれば、この一帯一路の国際会議には130余りの国と70以上の国際機関から約1500人が参加し、イタリア、スペイン、チリなど29カ国の首脳が出席したという。同会議の期間中は、中国国内での報道は一帯一路で塗りつぶされ、まったくのお祭り騒ぎであった。

 一帯一路構想とは、中国を中心として、中央アジアから西アジアそしてヨーロッパに至る陸の地域(一帯)とアセアン諸国からインド洋そして東アフリカに至る海の地域(一路)の交通網、インフラ等を整備して、現代版シルクロードを建設しようというものである。

 習近平国家主席は、開幕式で、一帯一路構想を実現する上で資金調達が障害になっているとして、インフラ投資などの資金をまかなうために2014年に設けたシルクロード基金を現在の400億ドル(約4兆5千億円)から1千億元(約1兆6千億円)増額することを表明した。また、政策金融機関である中国国家開発銀行と中国輸出入銀行には、一帯一路関連で計3800億元(約6兆800億円)を融資させるという。

 ところで、この一帯一路構想は、もともと、日米が中心となって進めていたTPP(環太平洋経済連携協定)に対抗しようとする文脈から生じたものである。TPPが中国を排除することが明らかとなって孤立感を強めた中国は、米国による経済封鎖に対抗するためにも、独自に原油や資源の輸入ルートを開拓し、確保する必要があった。重要物資の輸入ルートとなる陸路および海路の関係国への影響力を強め、また、自ら港湾整備等を行い、輸送ルート・拠点を確保しておくことで、いざというときの事態に備えようとしたのである。したがって、一帯一路における事業はインフラ整備が中心であり、貿易自由化による貿易圏の形成はほとんど考えられていない。

 ところが、その後、中国が対抗しようとしたTPPは、米国が離脱して少なくとも当面は機能しないこととなった。こうした状況の中で、中国の掲げた一帯一路構想がアジアでの有力な経済連携の枠組として脚光を浴びることとなったのである。そして、中国はこうした状況を最大限に利用し、一帯一路を国際社会公認のものとするとともに、自国の国際社会での地位を高めるため、今回のような大掛かりな国際会議を仕組んだとしてよいであろう。

 現在、一帯一路の構築は、アジアで周辺国への影響力を強め、アジアでの覇権国としての地位確立をめざして行われている中国のいわゆる周辺外交において、その中心的な外交政策ともなっている。

 このように、一帯一路構想は、中国の今後の生存を確保し、また、アジアでの覇権を確立する上で、中国にとって最重要の政策の一つであり、その未来は中国政府によってバラ色に描かれ、宣伝されている。しかしながら、その内実は疑問や問題が多く、中国政府の描く未来構想はそのほとんどが虚像といって良いものである。その理由を以下で簡単に述べておきたい。

 第一に、今後、資金面での多くの損失が見込まれ、投融資した金融機関が経営難に見舞われる可能性もあることである。一帯一路の重点地域はパキスタン等の中央アジア諸国であるが、これら諸国は政情が不安定で、概して経済事情が良くない。したがって、インフラ整備に投融資しても資金が十分に回収できず、損失を貸し手が負担するケースが多く出るものと考えられる。投融資した資金が的確に回収できなければ投融資事業は成り立たない。もちろん、中国の財政で最終的に負担することも考えられるが、そうした負担に中国財政がいつまでも耐えられるわけではないであろう。

 第二に、中国の行うインフラ整備への投融資の方針ないし基準が国際社会の理解を得られないことである。今回の一帯一路国際会議では、融資指導原則についての共同声明を発表したが、署名は発展途上国を中心とした27カ国にとどまり欧州各国はこれへの署名を拒否した。この共同声明には、欧州各国が求めている投融資の公正性・透明性の確保、社会保障、環境保護に関する考え方等が盛り込まれていないというのがその理由である。もともと、発展途上国への投融資は、ODA(政府開発援助)として先進国間で議論されてきており、投融資の公正性や発展途上国の健全な発展等の観点から一定の基準が作られてきた。ところが、中国の発展途上国への投融資は、これらをまったく無視し、露骨に自国の権益の確保や影響力強化のために行われている。したがって、今後とも、中国が一帯一路関連の投融資で欧州諸国の協力を得ることは困難であろう。

 安倍首相が、今年6月5日の東京都内の講演で、中国の一帯一路に協力することはやぶさかでないものの、「インフラについては国際社会で広く共有されている考え方」があり、「透明性で公正な調達によって整備されることが重要だ」とし、「プロジェクトに経済性があり、借り入れをして整備する国にとって、債務が返済可能で、財政の健全性が損なわれないことが不可欠」であることを協力の条件としたのは、こうしたODAの考え方を念頭に置いたものであろう。米国トランプ政権の東アジア担当のポッティンジャー氏が、一帯一路国際会議に出席して、米国は中国による発展途上国のインフラ整備への努力を歓迎するが、国際インフラ建設の経験を豊富に持つ米国企業なら、価値の高いサービスを提供できると述べたのも同趣旨と考えられる。

 第三に、中国の重要な隣国であり、一帯一路の要に位置する大国であるインドの協力を得られないことである。インドは、中国とパキスタンとが提携して進めている「中パ経済回廊」を中国が「一帯一路」構想に取り入れ、インドとパキスタンが主権を争うカシミール地方でダムを建設することに強く反発している。このため、インドは一帯一路国際会議への出席を拒否し、他の国に対しては今後巨額な負債に耐えなければならないと警告した。インドの協力が得られないことは、一帯一路の実効性を大きく損ねることとなろう。

 第四に、一帯一路には何らかの新しい手法がとられているわけでなく、原則として既存の投融資の延長でしかすぎないものがほとんどであることである。しかもいろいろと問題が生じているインドネシアの高速鉄道や地元住民が抗議活動を行い警察と衝突したスリランカの港湾建設等も一帯一路の内容として盛り込まれている。中国の関与したインフラ整備事業に住民が抗議活動を行うということは、各地で見られる。すなわち、中国政府は、その是非はさておき、一帯一路の内容を膨らませて、一帯一路ができるだけ大きなものと見えるように、いろいろなものを利用しているということであり、その内実は乏しいのである。

 以上のとおり、中国の一帯一路のかかえる問題を4点ばかり挙げたが、このほか、もともと一帯一路の資金提供機関として考えられていたAIIB(アジアインフラ投資銀行)の活用が現状ではほとんど期待できないことも一帯一路の行方に暗雲を投げかけるものとなっている。すなわち、AIIBがインフラ建設で1件当たり数千億円の投融資を行うには国際金融市場で債券を発行して資金を調達する必要がある。しかしながら、AIIBには日米が参加していないため、国際格付け機関による格付けが未だに得られておらず、高金利でなければ資金を調達することができない。一帯一路には国際資金の活用は困難であり、結局、シルクロード基金の増額のように、中国政府がその危険負担の下に資金を提供するほかないのである。

 また、一帯一路で中国が投融資事業を拡大しても被投資国が中国政府を信用するようになるかどうかは不透明である。事業が破綻して負債だけが残るようなことになれば、かえって信頼関係が破壊され、逆効果となろう。中国の行う投融資事業は自国の利益が優先であり、被投資国の財務の健全性等が考慮されたものではない。中国政府の描く一帯一路の青写真はまさに虚像、そして内実の伴わないプロパガンダなのである。


発表時期:2017年8月
学会誌番号:41号

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